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第四十五章『ハルゼーの贈り物…1』

二月十四日がチョコレートや恋人と何の関係もなかった昭和三十年代前半…

いや、四十年代でも男性にとってバレンタインと言えばプロレスラーの名前だったが…

椿少年はこの日が聖バレンタインデーであることを知っていた。


1929年、アメリカのシカゴでモラン一家のギャング六人と通行人一人が

警官に化けたアル・カポネの子分達にトンプソン・ガンで蜂の巣にされ殺されるという

『聖バレンタインデーの虐殺』があった日だったからである。


虐殺とか殲滅、玉砕などと言う言葉に異常に興味を持つ、いやな少年であった。

もっとも、平成の世でもこの日には『告って玉砕』というような言葉が

とびかうと聞いたが…はてさて?


さて、この世界でのこの日は、日本の鉄道関係者にとり記念すべき日になる予定であった。

全長約3.6キロ、世界初の鉄道海底トンネル『関門トンネル』の開業日である。


土木大国になりつつある日本だけあって、史実より四か月以上早い開業で山陽本線は全線開通、

国内輸送力は飛躍的に強化されると期待されている。戦時中にもかかわらず…というより

開戦必至の状況から突貫工事に拍車がかかった結果であろう。


早朝、高倉青年にたたき起された。通常は朝、椿を起こすのはセツかサチの役目だが、

寝起きが悪い上に甘えっ子であるので一苦労である。どれくらい起きないかというと…


椿が東京の下北沢というところに住んでいた頃、知り合いが飲み過ぎて電車がなくなり

泊まっていったことがある。寝起きのいい知り合いは翌朝起きると神奈川県の三崎…

三浦半島のさきっちょの自宅まで帰っていった。そこから電話がきたとき椿はまだ

寝ていたのである。年をとると眠りが浅くなるというが、椿の場合はますます深く

休日など、放っておくと十時間は寝てる。


で、緊急時には高倉青年が起こすことになる。電話の場合は側でメモも取っておかないと、

椿が通話内容を忘れてしまう恐れもある…ちゃんと会話をしてるのだが、実際は寝ていて

その後また本格的に眠ってしまったりもするから…


隣室にある三つの電話器の一つの受話器を高倉青年がさしだす。


「日吉の連合艦隊司令部からです」


通常の電話の他に総連と日吉とには直通の回線をひいてもらってある。『御使い』の

存在が重さを増しているということだ。


「…山本さん!?」


御大直々か、よほどのことらしいな…


『小笠原海域で特設監視艇が、空母二隻を含む敵艦隊を発見しました。

東京から千キロちょっとの位置ですが、防空隊司令部には連絡を入れてあります』


『…ハルゼー艦隊…ドウリトル爆撃隊を載せた…だ。この時期にか…』


天皇に対する尊崇の念のあつい山本五十六は東京が攻撃を受けることを非常に警戒していた。

まあ、天皇は別としても日本のような島国で海辺にある首都の防衛が重要なのはいうまでも

ないことだが…


そのため戦争が始まると海軍の艦艇だけでなく、徴用した遠洋漁船に強力な無線機を

載せた監視艇を三段の哨戒線に配置していた。ハルゼー艦隊はその二段目に

ひかっかたのだ…木造漁船に機銃を一挺積んでるだけの特設監視艇の運命は史実通りで

あったろう。


ドウリトルの東京初空襲は当然椿の頭には入っていたが、無意識のうちに史実の

『四月十一日』が『まだ先のこと』…という感覚にさせていた。


『どうする?ヨークタウン級二隻もそうだが、ハルゼーをここでつぶしておくか…

ポカもするが、米海軍きっての空母部隊運用のエキスパートで闘志の固まりでもある

提督…史実で彼が上げた業績を考えたら消えてもらうしかない…魔王の艦隊の一部を

だすときが…』


『…聞こえてますか椿さん?銚子の沖に『六航戦』がいます。敵とは千キロ弱離れているので

追いつけるかわかりませんが、急行するよう命令しました。現在すぐ動かせるのはこれだけ

ですから』


椿は了承するしかない。個々の艦隊、艦艇の動かし方まで…望まれない限り…口出し

することは避けている。


『第六航空戦隊…飛鷹と隼鷹か。二万五千トンの新鋭艦と言えば聞こえはいいが、客船からの

改造空母で搭載機は二隻で百機ちょいだからなあ。搭乗員は空母に回るくらいだから悪くは

ないだろうが、護衛艦隊ともども慣熟中と言ってもいいレベルだろう』


接触すればハルゼーのことだから逆襲する可能性も高い…ヨークタウン級二隻の百八十機を

相手にして勝ち目があるのか…


受話器をおくのと同時に、今度は総連から連絡が入る。こちらは防空隊司令部とのパイプ役の

佐々木彰海軍中佐であった。


『…敵空母の位置からして東京に空襲があるにしても明日以降かと思われますが、

防空隊司令部では警戒態勢をとります。また、陸攻と飛行艇には索敵のため出撃の命令が

出されています。発見された敵艦隊がこのまま退却してしまう可能性もありますが、椿閣下の

お考えはいかがでしょう』


「佐々木さん、この時期にここまで空母部隊を突っ込ませてくるのは常識ではありえません。

現在の米海軍にとり虎の子の空母を…です。したがって常識外の戦法をとってくる可能性が

高いのですよ」


『…と、申しますと?』


「特別に後続力の長い機体を載せているか、あるいは…千キロを往復できなくても

片道なら充分東京まで届きますよね」


『片道攻撃…米軍がそのような人命を軽んじるような戦法を…?』


「いまの米軍、いや合衆国にとり必要なのは日本の首都に…たとえ一発でも爆弾を落とした

という事実です。人命のことを言えば、例えば帰途のどこかに潜水艦を待機させ、着水した

機体から搭乗員だけ救助することも考えられなくないでしょう」


『これは軍事的必要性より政治的効果を狙った作戦ということですか…わかりました。

今日空襲があるという前提で各所に連絡して態勢を整えます』


電話を終えた椿の前に副官の遠藤中尉が来ている。


「遠藤君、小隊長に言って兵を集合させてくれ。近代戦には前線も銃後もないが、今日は

東京が文字通り最前線になるかもしれん」


廊下でセツとサチが何か言いたげにひざまずいている。


「ああ、朝ご飯は……握り飯を作ってくれないか。具は梅干しとおかかで頼むよ」


つづく

『小説家になろう』の掲載作品にはジャンル別に日ごとのアクセス数のランキングがあるのですが、昨日初めてこの作品が『戦記』で一位になりました。これを励みに一層頑張りたいです…有り難うございました。

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