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第四十四章『信頼度が1上がった?』

ひげの独裁者の片一方、グルジアの鉄の親父、ソビエト連邦共産党書記長…

スターリンはモスクワの南東七百キロに位置するクイヴィシェフの地下壕で

小心さに磨きをかけて周囲への猜疑の眼を光らせていた。


二か月前…1941年十二月初めに激烈な市街戦の結果ドイツ軍にあけわたした

首都の奪還はまだめどがたたない。


『もう少し、ほんの少し頑張れればモスクワを維持できたのに…』


そう、冬期戦の装備を欠くドイツ軍もほとんど限界だったのだ。

総崩れになって退却するソ連軍を追撃することもなく、現在もモスクワ周辺に留まっている。

あと十日、いや一週間粘ればロシアの厳寒の中でドイツ軍の力は尽きていたかもしれない。


かといって、ソ連軍の反撃も不可能だった。装備のほとんどを放棄して逃げ出した上に

独ソ開戦の後、ウラル山脈の麓に疎開移転させた軍需工場もまだ生産が軌道に乗り始めた

ばかりだからだ。


春先の雪解け時期になれば軍の移動は困難になり、自然と休戦状態になってしまうので

反攻は早くても夏以降ということになろう。


『それまでは内部の敵に備えねばならぬ』


共産党内の権力闘争に打ち勝ち、党、軍部を粛正に次ぐ粛正で押さえつけてきたスターリンで

ある。敗戦による指導力の弱体化は一歩間違えれば自身の破滅を招くことになる。


外相のモロトフが内務人民委員会…NKVDのベリヤを伴って部屋に入ってきた。


「シゲミツはなんと…?」


日本は元駐英大使の重光葵を特使として送り込んできたのだ。

なぜこの時期に…?情報が入るとすぐにスターリンは極東ソ連軍に厳戒態勢を

とらせるとともに、満州に駐留する日本軍の動向を探るよう命令した。


極東ソ連軍は対独戦のため精鋭を引き抜かれて弱体化している。それでも五十万以上が

残っているが、もしも日本軍が侵攻してきたら守りきれるものではない。

いま日独に東西から挟撃されたら…スターリンの恐怖は絶頂に達していた。


『だが、それならナチのようにいきなり侵攻してきそうなものだが…いや、最近の

ヤポンスキーは外交上の体裁に気を配る傾向があるという。特使に宣戦布告を読み上げさせる

つもりか? だが…』


…と思考が堂々巡りをしているところにモロトフが来たのだ。


「日本は我が国と不可侵条約を結びたいということです」


「………?」


横を向いてパイプに詰めたタバコに火をつける…考えをまとめるための時間稼ぎにやる行動だ。


「理由は?」


「シゲミツの言葉をそのままお伝えします…『大日本帝国はナチスドイツと国境を接する

ことにはなりたくない。これでは不十分ですか?』…です」


「……なるほど、日本は反ナチだと言いたいのか。で、力を合わせて戦おうとは言わんのか」


「米英との戦争が終われば…というようなことを匂わしましたが」


「和平の仲介をして欲しいわけか、そちらが本音だろう。アメリカやイギリスと戦っている間は

我が国との国境を安全にしておきたい…まあ、不可侵条約は結んでやっても良い」


「極東軍もヨーロッパに移せますね」


「いや、当分はだめだ。日本の動向を見極めてから夏の前までにひそかに移動させるのだ。

…それで仲介の可能性は?」


「無理でしょう。特にアメリカは海軍が日本にかなりやられたようで…ふつうに考えれば介入の

チャンスなのですが、あの国は叩かれたまま済ませるようなことはしませんので」


「ガキだな…いまはナチに全力を向けるべきときだろうに、日本などその後でいくらでも

つぶしてやればよいのだ」


……東京


「スターリンが今回のことを恩に着ることはないでしょう。対独戦に勝利して、その時点で

我が国が米英との戦いに疲弊しきっていたとしたら、満州、樺太に侵攻するのを

躊躇したりもしませんね」


「条約はロシア…いや、ソ連というより他の国々向けに意味を持つということですね」


東郷茂徳外相が一部の不審顔の総連メンバーに補足の説明をする。


「米英は我が国とドイツ、イタリアの枢軸国とを同列に並べる政治的宣伝を行っています。

ドイツにソ連が追いつめられているこの時点で条約を結ぶことは、それを否定する根拠と

なるでしょう」


そう、今だから意味があるのだ。欧州大戦が始まった頃、ドイツに引き回されるような形で

条約を結んだ史実とは大きな差が出てくるはずだ。


アメリカ合衆国、白い家…


「ソ連が日本と…馬鹿なことを。北の脅威が減れば日本はその分の戦力を我らに向けて

くるではないか。我が国に同意も求めず勝手なことをしおって…対ソの援助物資を減らすと

脅してやるか」


「逆にもっと増やせという暗黙の要請、もしくは弱者の恫喝ということかもしれません。

対日という面では情勢が変われば条約があろうがなかろうが参戦してくるでしょう…

ツアーリの時代から変わらず、外交的信義については無きに等しい国ですから」


「確かに、ここでソ連がつぶれてしまえば対独戦の勝利までにより多くの時間と人命が

必要となるからな…それはわかっているが腹立たしい。それにしても、日本の外交が

これほど巧妙とは…なんとしても、ガツンと一発食らわしてやりたいものだ」


1942年二月十四日未明…そのガツンは日本本土近海に忍び寄っていた。


つづく

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