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第四十三章『夢のあとさき』

「…で、諸君は今後の日本に対する戦略をどう考えるのかね」


ギルバート海戦および一連の作戦の、推移と結果について報告を受けたアメリカ合衆国の

大統領は『マイ・ネイビーが…』と言ったきり数分間沈黙を続けた。最高権力者の沈黙は

ときとして怒声よりも仕える者たちを震え上がらせる。


もちろんルーズベルトのはらわたは煮えくり返っていた。だが、冷徹な政治家である彼は

どなり散らしたところで何も解決しないことはわかっていた…責任はかっちりとらせると

しても…これからどうするか、それが最優先にして最重要な問題である。


『それにしても、どうやったらこんな負け戦ができるのか…太平洋艦隊の戦力は

日本海軍に劣るようなものではなかったはずではないか、それなのに…』


無傷で帰った戦艦は、その位置関係から砲撃を受けず離脱に成功したオクラホマと

ネバダの二隻のみ。巡洋戦艦コンステレーションは浸水が進み、息も絶え絶えになって

米領サモアにたどり着いたが着底してしまった。戦艦用の造修施設などない場所であり

当分浮揚のめども立たない…乗員の大多数が無事だったのがせめてもの救いである。

長きにわたり米海軍の高速打撃部隊を構成していたレキシントン級は全滅してしまった。


潜水艦の雷撃を受け大破漂流していたカリフォルニアは海戦の敗北を知って、総員退艦のうえ

自沈。よたよたと動いていたメリーランドは沈没艦の乗員を乗せた状態で日本艦隊に捕捉され、

降伏せざるを得なかった…後日、日本まで回航されるが、低速で損傷した旧式艦では戦力と

しての使い途はなく、装備等の研究調査の後に東京湾で一般に公開され戦意高揚に使われる

ことになる。


十四隻の戦艦、巡洋戦艦が喪われたわけである。空母も四隻、重巡八隻、軽巡は輸送船団の

護衛に就いていたものを含め十二隻が沈み、駆逐艦にいたっては四十九隻が撃沈、自沈、あるいは

捕獲された。残存艦の多くは陸兵を乗せた輸送船の一部と、早めにギルバート諸島を出た

護衛艦隊のもので、戦闘部隊の駆逐艦でサモアまで…巡洋艦から燃料をもらって…着けたのは

『英雄』バーク中佐の乗艦をはじめ八隻だけであった。


船はまあよい…ほとんどの国家にとって『破産』を余儀なくさせられるほどの損害だが

アメリカ全土の造船所では沈んだものより強力な新鋭艦が続々と建造されている。

問題は人間だ。戦死、行方不明者は艦隊だけで四万人を越えている。海兵隊員、陸軍将兵も

それぞれ一万近い損害を出していた。

そして何より、合衆国と大統領たる自分の名誉と栄光に大きな傷をつけられたのが痛い。

『ジャップ共にこの報いは必ず償わせてやる。ここにいる無能な者達にもチャンスは

与えてやるが、それに応えなかったときは…』

…と、いうわけで冒頭のセリフになったのである。


ノックス海軍長官が眼で、合衆国艦隊司令長官兼海軍作戦本部長キング大将をうながす。


「海軍は艦隊再建まではアリューシャン、アラスカ、ハワイ、サモアを拠点に

防御に徹する方針です。潜水艦による通商破壊は拡大する予定ですが、詳細は

キンメルに代わる太平洋艦隊の司令長官が決まり次第報告させます」


「誰にするのかね?」


聞く前に言え!…というようなでルーズベルトの口調に冷厳なキングも顔に血が上るのを

押さえられない。


「フォレスタルとニミッツの両名に候補を絞って調整中です。一両日中に決定いたします」


「政治屋と人事屋か…どちらも猛将というタイプではないが現状としては適任かもな」


陸軍は?と聞かれるのを恐れたかのようにマーシャル陸軍参謀長が発言する。


「陸軍としましてはサモア、ニューカレドニアの防備を固めるとともに、オーストラリアへの

航空隊派遣を増大させる予定です。南から日本軍を牽制するとともにフィリピンへの足がかりに

なるかと考えます」


「日本軍がオーストラリアに食いつけば確かに足止めにはなるだろう。英軍とも協議して

すすめたまえ」


フィリピンのことはスルーしたいのだろうが、マーシャルとしては触れないわけにはいかない。


「マッカーサーからは重ねて武器弾薬、食料、医薬品等の補給を要請してきています。

台湾とレイテからの空襲が本格化し始めて、フィリピン全土の交通網は多くが破壊されて

おります。我が軍のいる首都マニラとバターン半島、ミンダナオ島のバギオ周辺を除いて

治安が悪化しているとも報告されています」


「海軍は潜水艦を使っての補給はおこなっていますが、とても必要量は運べませんし

三隻に一隻は未帰還になってる状況です」


『…恩知らずの現地民共めが…スペインの圧政から救い、近年中の独立まで約束して

やっているというのに、少し我らの力が緩むとこのありさまか。何の役にも立っていない

マッカーサーの奴が人気を上げているのもばかげているではないか』


マッカーサーを敵中で孤立しながら奮闘する英雄に仕立てたプロパガンダの結果なのだが…


最後にハル国務長官が発言した。


「日本政府の発表によりますとギルバート占領軍は基地施設を破壊した後に撤退する、

英国籍住民も民間人は抑留もしないということです。例の『領土的野心はない』という

主張を裏付けようというのでしょう。さらに…現在占領中だが返還予定のグアムに

大規模な捕虜収容所を建設しているとのことです」


勝利の確信は揺るがないにしろ、ルーズベルトの脳裏に自分が望んで戦争に引きずり込んだ敵の

狡猾さに対する畏怖の念がかすめた。狡猾といえば、先頃大西洋上で会見したチャーチルに

代表されるジョンブルに勝る者はないと思っていたが…


入室してきた国務省の職員がハルに近づく…既視感を感じる。

またろくでもない情報が飛び込んできたのではないか…


「大統領、日本が……』


つづく

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