第四十章『猛撃!第六艦隊奮迅編』
「ギルバートから撤退する。ありったけの輸送船および損傷して戦闘力の落ちた
艦艇に陸軍兵士と海兵隊員を乗せサモアに向かう。ハワイに向かいたいが、敵が
北方にいる以上捕捉される危険性が高い。途中で燃料切れになる艦艇も出るだろうが
とにかく危険水域を離れることが先決だ。戦艦群は最後尾につき予想される敵の追撃に
対する盾となる」
スミス参謀長が一気にここまで話すと、キンメルがあとを引き取った。
「本国に方針を打電した後、返事は待たない。責任はすべて私にある」
「長官……」
口々に何か言いかけた参謀達をさえぎってキンメルは立ち上がった。
「時間が惜しい。ただちに行動を始めたまえ」
いさぎよい…が、あまりにも遅過ぎた決断…ノースカロライナの艦橋に
水上見張り員の絶叫が響く。
「レキシントン被雷ー!!」
巡洋戦艦の長大な舷側に四本の水柱がそそり立っており、すぐに火柱に変わる。
闇にまぎれた日本軍の『二の矢』潜水艦隊の攻撃が始まったのだ。
第六艦隊、醍醐中将指揮下の潜水艦隊は多少手の空いた南シナ海方面からも戦力を増強し
ギルバート沖に集結させていたが、哨戒と索敵に務め、あえて『健康』な敵艦隊に攻撃を
仕掛けなかった。だが、機動艦隊の空襲により状況は変わった…有力な補助艦艇に
守られていない『主力艦』は潜水艦にとって『かも』である。
同じ魚雷と言っても水上艦と潜水艦、航空魚雷では大きさや威力が違う。
大まかに言ってその比率は2対1.5対1…ということになるだろう。
潜水艦の魚雷四本は航空魚雷六本に相当する…それを片舷に集中して受けたレキシントンは
改装によって強化されてるとはいえ、防御力に難のある巡洋戦艦である。
機関室まで損害がおよんだらしく、がくんと速力を落とすと急激に傾斜を始めた。
「レキシントンに総員退艦命令がでました」
その言葉が終わらないうちに、新たな損害の報告が飛び込んでくる。
「重巡インディアナポリス、被雷三…大傾斜。戦艦アリゾナ被雷三…大爆発…沈みます!」
アリゾナはどこかの港で記念艦となって、せっかく訪れた日本人観光客に嫌味ったらしく
残骸を見せつけることなどせずに太平洋の底に消えていった。
その後も『メリーランド』『カリフォルニア』『テネシー』…最高速度が二十ノット
そこそこの従来型戦艦が雷撃をかわしきれず次々と被雷していく。
…と、ここで気がついたのだが、メートル法で統一したはずの表記が船の速度に限り
『ノット』になってしまってる。う〜ん、これは気分的にやっぱりノットだな…
例外ということでよろしく!ちなみに一ノットは約一.八キロだから…二十ノットは
三十六キロ、三十ノットで五十五キロといったところ。
彼女ら戦艦を守るべき駆逐艦達は多くが沈み、傷つきながらも動けるものは沈没艦からの
救助者を乗せ一足先に避退していた。三分の一以下…十七隻にまで減った健常艦は
八隻が日本軍水上艦艇の来襲に備え北方三十キロに警戒戦を展開していて、呼び寄せても
この水域に到着するのは三十分以上かかる。十六隻の戦艦群の側にはわずか九隻の
駆逐艦がいるばかり、とても守りきれるわけがなかった。
米海軍でもアクティブ・ソナーの開発、配備は始まっていたが、新鋭艦優先で
しかも当然のごとくUボートが跳梁する大西洋にまわされていた。
太平洋艦隊にいた数少ない装備艦は大部分が沈むか北の警戒部隊にいて、ここには
従来のパッシブソナーを持つ艦しかいないのである。
キンメルが怒りで赤黒くなった顔を歪めて叫ぶ。
「…空襲で駆逐艦を集中的に狙ったのはこういうことだったのか。
ひ、卑怯なジャップめ、なぜフェアに戦おうとせん!?」
…作戦開始前、総連の席上で椿は言った。
「この作戦が予定通り進むとアメリカさんはそう言って罵るでしょうがね。
彼らの言うフェアとは、ボクシ…拳闘で言えばヘビー級の王者がフライ級か、せいぜい
ライト級の選手に向かって『フットワークなぞ使ってパンチをかわすのは卑怯、脚を停めて
正面から打ち合え』といってるようなものです。そんな身勝手な理屈に付き合う必要は
…ある程度以上は…ありませんよ」
第六艦隊がこの『二の矢』に投入した潜水艦は、米戦艦と同数の十六隻である。
彼らは米駆逐艦の反撃で四隻を喪うことになった…内一隻は損傷浮上したところに
駆逐艦『カッシン』の体当たりを受けて、ともに沈んだ。
だが、引き換えに得られた戦果は圧倒的であった。『レキシントン』『アリゾナ』『テネシー』
『ウエストバージニア』と重巡『インディアナポリス』を撃沈…もしもこの世界で
テニアン島に原爆が運ばれることがあっても、その役目は彼女のものではない。
『カリフォルニア』は大破炎上、『メリーランド』は艦尾への被雷で推進軸を損傷して
行動の自由を失っていた。他に軽巡『ヘレナ』が命中一で中波、前述の駆逐艦『カッシン』が
沈没……
大混乱に陥った米艦隊が、なんとか艦隊陣形を整え終わったのは夜半過ぎになっていた。
「レーダーが敵機を捉えました。機数十…北方より艦隊上空に侵入してきます」
「まさか、夜間空襲…!?」
「…ではないよ。おそらく着弾観測機だ」
「で、では……」
「そう、ようやく奴らが来る…いや、来てくれるのだ!」
キンメルの顔に喜悦にも近い表情が浮かんでいた。
つづく
章タイトル、ひねりが足りないというか、ひねり過ぎで一周回って元の位置…という感じですね。