第三十九章『三ツ矢計画』
ギルバート沖、太平洋艦隊の手前五十キロで始まった空中戦は七十機のF4Fと
百八機の零戦によって行われることになった。零戦を嚮導してきた六機の艦攻は
離れた空域に避退している。戦闘機掃討戦…ファイター・スィープである。
日本軍が戦闘機による制空権確保を重視していることはすでに述べた。空母の艦載機も
半分近くを戦闘機が占めており、今回はそれを敵艦隊上空の制空権を奪うために投入して
きたのだ。米軍に空母があり、トラック島航空戦で損害を受けてるとしても、なお多数の
戦闘機が存在してることは確実視されたから、日本軍としては当然のようにとるべき戦法で
あった。しかも…
『こいつら、俺がやろうとしたことを…』
サッチ少佐はうめいた。トラックでは一撃離脱をしかけてくる『雷電』との戦闘しか
しなかったので、よくわからなかったが…この零戦はペアで戦っている。
日本の航空隊が編隊空戦に目覚めた当初には最小単位…分隊を三機で構成していた。
これはメンバーがA級以上の搭乗員ばかりのときは大きな威力を発揮した…が、
航空隊が大きくなりB級が増えてくると三角形の編隊を維持するのも困難で、
実戦向きではないと判断された。
BプラスにBマイナスが追従するだけの二機編隊の方が融通が利くことがわかり、
ドイツ空軍のロッテ戦法同様の二機で分隊、二個分隊四機で小隊という戦闘単位が
確立されていった。
機数、機体性能、パイロットの経験値、戦法を勘案すると日米の戦力比は二対一と
いったところであり、結果はおおむね『ランチェスターの法則』どおりになった。
戦闘結果は戦力比を二乗して差を出すという考えで、この場合日本軍が四で米軍が一…
差し引くと、米軍が全滅しても日本軍には七十五パーセントの戦力が残るというわけだ。
もっとも、陸の野戦で包囲されたのでもない限り不利な方が全滅するまで戦うことはない。
ましてや空中戦だから、やばいと判断したF4Fは懸命に離脱しようとする。
それでも半数以上の三十八機が撃墜され、艦隊上空まで逃げ戻った者の中にも傷ついて
いる機体が多く、空母までもたずに不時着水する機が続出した。
反転して北に向かう零戦の群れはほとんど数を減らしているようには見えなかった…
被撃墜九、不時着水四、着艦事故で二機…が日本軍の損害であった。
着艦しようとしたサッチ少佐のレシーバーに管制官の悲鳴にも似た声が飛び込んできた。
「敵大編隊接近中!距離八十…戦闘力を残してる機は迎撃に向かってくれ!!」
『考えてみれば当然か…通り道を掃除したら、次は主賓の到来ということだ。
奴らはセオリー通りにやってるだけ、俺たちがついていけてないだけなんだ』
操縦桿を引きながらマイクに叫ぶ。
「弾の残ってる奴はついてこい!艦の上で爆弾の降ってくるのを待つか、空の上で
敵に突っ込むか急いで決めろ!!」
言ってる間にもワスプに降りようとして失敗した機が甲板上を横滑りして舷側から
転落するのが見えた。それでも何機かが上昇に転じてサッチの周りに集まってくる。
エンジンが息をついていたり、うっすら煙を曵いている機さえある…その数十八。
米軍パイロットの闘志は侮れない証明であった…が。
「………!?」
眼前の空一杯を埋め尽くすように、三百機を越えるだろう航空機が広がっている…
一機艦、二機艦の総力を挙げた攻撃隊である。五十機以上の戦闘機が前に出てくる。
いずれ米軍航空隊も空戦のノウハウを身につけるだろう。だが、その一つに
『サッチ・ウェーブ』の名が付けられることは…おそらくない。
「対空戦闘用意!」
戦艦群を中心に輪形陣を組んだ艦上で命令が飛び交う。
ここまで来ても、キンメル以下の太平洋艦隊司令部には戦艦を守るという意識が
先行していた。沈められることはないにしても、ドイツのビスマルクのように舵機や
推進機に損傷を受けたら戦闘力が失われる…
日本機は戦艦に見向きもせずに空母に襲いかかった。単純計算で四隻の空母一隻あたり
六十機の攻撃機が殺到していく。F4Fを『片付けた』零戦が身軽な機動で対空砲火を
かいくぐって、巡洋艦や駆逐艦の機銃座をつぶしていった。
日本機が去った後、すでにヨークタウンとレンジャーは姿がなかった。ロングアイランドは
横転して沈みかけており、ワスプは火に包まれたなんだかわからない鉄のオブジェと化していた。
太平洋艦隊は航空戦力を喪った…索敵に出ていたドーントレス十数機は陸上の滑走路に
降りたが、爆弾も燃料もない以上ただのジュラルミンの固まりでしかない…キンブル機も
何カ所か穴をあけられながらも帰還していたけど…
巡洋艦以上に搭載されているキング・フィッシャー水上偵察機のみが使用可能な
航空機のすべてである。
重巡一隻、軽巡一隻、駆逐艦四隻が沈没、魚雷を一本ずつ受けた軽巡二隻も停止炎上していて
戦闘行動に耐えられそうにない。また、十隻近い駆逐艦が『穴だらけ』にされて、沈没艦の
乗員救助どころか自らの負傷者救助を求める悲鳴を上げ続けていた。
そして四時間後、奴らはまたやってきた。
……空母赤城艦橋
「これで対艦用の爆弾も魚雷も底をつきました。後は陸用爆弾だけです…『一の矢』は
ひとまず御用済みですな」
緊張感の中にも、どこか肩の荷を下ろしたような気楽さをにじませて言ったのは
第一機動艦隊の参謀長、草鹿龍之介少将である。
司令長官の南雲忠一中将が一度引き締めてから口を開いた。
「第二次攻撃隊が戻るまではわからんよ…だが、後一息なのは確かだ。
……この『三ツ矢計画』の骨子の部分は、あの『御使い』から出てるそうだが、
もし自分がやられる立場だったらと思うと…憤死しそうだな」
「同感です」
航空参謀、源田実中佐がうなずきながら続ける。
「恐ろしいのは、奇策の要素などなく常道の積み重ねだけであることです。
結局のところ『常識的な作戦』が勝利への早道と言うことでしょうか」
攻撃隊からの報告が入る。
「甲(重)巡一撃沈、同二撃破。乙(軽)巡二撃沈、同二撃破。駆逐艦十五以上
撃沈破…です」
「攻撃隊の収容が終わる頃には日が暮れます。『二の矢』の出番ですな」
「…やっぱり憤死だ」
つづく
自分の常識は他人の非常識と言います。周りから非常識と言われ続けてる作者の描く『常識的作戦』はどんなもんでしょうね。