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第三十七章『岸柳島』

1942年、一月十九日…ギルバート諸島西北百キロの洋上に太平洋艦隊は

勢揃いして日本艦隊を待ち受けていた。合流を果たしたキンケード艦隊が前方に出て、

二十四機に減ったドーントレス爆撃機を洗いざらい索敵に出していた。

後方の主隊に付属する『レンジャー』『ロングアイランド』の艦載機も交替で

出撃する予定である。


「まだ敵艦隊発見の報せはないか?」


「十二線、二段の索敵線を張っています。その中にいれば間もなく発見できるものと…」


「予定ではそろそろ艦隊自体が接敵していてもおかしくないのだが…まさか、怖じけついて

逃げたなんてことはないだろうな」


「落ち着きたまえ参謀長、敵が韜晦航路をとることも考えられるがギルバートに来る以上

必ず見つけられる。我々はじっくりと待ち構えていればいいのだ」


「はい…早く敵の新戦艦…『ヤマト』級とやらを見てみたいものですから少々気が急いて

いまして…」


「二隻だったな…フィリピンでイギリス艦隊と撃ち合ったやつは、かなりの損害を

受けてるはずで修理が終わってるとは考えにくい。姉妹艦がいるとは思ったが、もう二隻も

就役していたとはな…情報部からの連絡によると、そのうちの一隻の名前は『ムサシ』と

いうらしいが」


軍艦はふつう同型の姉妹艦を何隻か造る。一隻だけでは戦力単位として運用がしにくいと

いうこともあるし、量産効果というほどではないが建造資材等のコストを引き下げることも

できる。また、艦が完成してみると良きにつけ悪しきにつけ設計時には考えられなかった

特性を示す。それが設計上のものなのか、建造した工厰の技術等から来るものかが

姉妹艦を比較することで判断しやすいからだ。


…にしても日本艦隊は一向に姿を現さない。


『ううぬ、遅いぞムサシ…』


日が高くなり、コジロウ…ではなくノースカロライナの艦橋に焦りの色が濃くなってきた頃、

進出線の先端に達したレンジャーの索敵機から待望の報告が入る。だが…


「戦艦十隻、巡洋艦十五隻、駆逐艦多数…後方にもう一個艦隊…空母

…ここで通信が切れました」


「戦艦が十隻か…コンゴウ級も繰り出してきたわけだな」


「それより距離だ!北西五百キロだと…?まだそんなに離れているのか」


「レンジャーのニュートン少将から攻撃隊発進の具申がきています。距離的に

デバステーター攻撃機はまだ無理ですが、艦爆と戦闘機は攻撃範囲に入っているとの

ことです」


「………」


少し考えたキンメルが結論を言おうとしたとき、対空見張り員からの報告が入った。


「上空に敵機!無線を発進しています」」


「日本軍偵察機か…レーダーはなにをしていたのだ?」


「帰投してくる索敵機と誤認したのかもしれませんね」


「…日本軍の空襲があると考えたほうがいいな…ニュートンとフレッチャーに全戦闘機を

迎撃戦闘に備えるように言え。トラックの仕返しをしてやるのだ…それと、引き続き索敵機を

出して敵艦隊との接触を切らないようにさせろ」


「では、こちらの攻撃隊は…」


「出さない。索敵に数をとられているし、充分な戦闘機もつけてやれなくては戦果は

望めんからな…これより艦隊は敵に向け進撃する。パーティー会場に急ごうじゃないか」


「針路3−1−5、十八ノット」


ほぼ同時刻、別々の海域にいる二つの艦隊で同じ命令が出された。


…戦艦武蔵艦橋


「作戦上とは言いながら妙な気分ですな…後ろに前進…とは」


武蔵艦長、古村啓蔵少将の言い方がツボだったのか近藤信竹中将が笑いながら応えた。


「昔の戦で言う『繰り引き』だな。踏み込んだり引いたりしながら敵の崩れを待つ…と

言う戦法だよ」


「キンメルがこちらに踏み込めば…」


「まずは成功だ。小沢君に戦闘機の準備だけはくれぐれもぬかりなく…

釈迦に説法だろうがね」


…日米『主力艦隊』激突!のあおりを受けた者達がいる。


「船長、まだ太平洋艦隊からの許可は出ないんですかねえ。目的地まで

あと百キロかそこらだというのに」


「ギルバート沖でのドンパチが片付くまでってことだからな…ジャップの艦隊が

この世からいなくなれば安心して島に着けるってもんだ。もう少しの辛抱だろうよ」


「ここんとこ何日も…今日も朝から…『潜水艦発見」に脅されっぱなしですから

疲れましたよ。でも、あいつらなんで攻撃して来ないんですかね?

百隻近い船団なのに護衛ときたら旧式の軽巡二隻に駆逐艦十四隻だけでしょ、

気が気じゃないんですがね」


「まあ、ジャップの潜水艦じゃドイツのUボートのようにはいかないんだろうな。

駆逐艦はごっそり大西洋にまわされてるが、それだけUボートが手強いってことだ。

実際に損害もかなり出てるって話だから俺達が太平洋に来れたのはラッキー……あれは?」


「あー、えらい数の飛行機ですね。すごいなあ、こんなの見たの初めてですよ。

ギルバートからの出迎え…のはずはないか、俺たちがそれを運んできてるんだから」


二百五十機の航空機は見事な機動でいくつかの群れに分かれた。一つは五千メートルほどに

上昇していく、あるものは低空に舞い降りる。それらを見守るように旋回を始めるものも

あれば、まっすぐ船団に突っ込んでくる者もあった。


「ミ、ミートボールのマーク…ジャ、ジャップだ!!」


その後一時間、二波合計四百機におよぶ日本軍機の空襲によって、米本土からはるばる

ギルバート諸島間近までやってきた輸送船団は消え去った。全部が沈んだというわけでは

ないが、状況はかえって悪くなるのだった。


軽巡一隻、駆逐艦三隻が沈み、残りの護衛艦艇も多くが…主に日本軍戦闘機の

機銃掃射によって穴だらけにされている。主砲はともかく機銃座などはほとんどが

人肉置き場と化していた。


そして、彼らが守るべき輸送船団は…四十隻以上が海の底であり、ほぼ同数が沈みかけるか

大火災、浸水などで動けなくなっていた。海上に漂う数千の陸軍兵、沈没艦の乗員の

救助にどれだけかかるか…上空にF4Fが駆けつけたときには、すでに日本機は

通り魔よろしく立ち去ったあとであった。


日が暮れて、ようやく空襲の恐怖を逃れた彼らが甲板上までびっしりと人間を乗せ

ギルバート諸島に向かった…日本の戦艦は逃げたらしい…とき、第二幕が上がる。


「あああー!」


誰かが悲鳴とともに指差した方向には、巨大な水柱を舷側にそそり立たせた輸送船が

あった。水柱はすぐに炎に変わり船は急速に傾きながら水面との高さを減じていく。


「せ、潜水艦だ!」


レイテ沖海戦同様、日本潜水艦による弱った敵への『落ち武者狩り』が始まったのだ。

数を減らし、艦上いたるところに人間を詰め込んだ駆逐艦にまともな対潜戦闘が

できるはずもない。急速転舵などしたら甲板上の兵士を落っことしかねない…


けっきょく、ギルバート諸島にたどりついたのは、駆逐艦九隻と輸送船十一隻だけで

あった。約六千の陸軍兵士が上陸したが、大砲も戦車も携行火器すら持たない半裸の

男達が何千増えようと戦力としての意味はない。単に無駄飯ぐらいが増えただけ…

というか、その食料でさえほとんどが海の底…


そして、『正面から戦おうとしない卑怯なジャップ艦隊』を罵りつつギルバート沖に

戻った太平洋艦隊は恐るべき事態に直面することになる。


つづく





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