第三十五章『トラック野郎…南海の流れ星』
太平洋艦隊がギルバート諸島タラワ環礁に姿を現したのは、日本では
正月の松もとれた一月九日のことである。日本軍の侵攻を予想して
脅えきっていたイギリス系住民を狂喜させるに充分な光景が出現した。
見渡す限りの海原を埋め尽くすような船、また船の、南太平洋始まって以来とも
いうべき壮観である。
「何か気が抜けますね、潜水艦の接触はありましたが、とうとう日本艦隊は
現れませんでした」
「空母艦載機による索敵でも、今のところ敵は発見されておりません」
「潜水艦からの報告は?」
「日本近海は警戒が厳しく我が方の潜水艦の活動は不活発になっています。
三日に、日本からマリアナ諸島へ南下する有力な艦隊の存在が報告されただけです」
「戦艦を含む…だったな」
「はい、おそらく現在はマリアナからカロリン諸島近辺でこちらの様子を
うかがっているものと推測されますが」
「まあよい、いまのうちに楊陸を済ませてしまおう。作業は順調なのだろうね」
「バンデクリフト少将以下の海兵隊も敵前上陸ではないので、張り合いがなさそうですが
さっそく陣地構築に取りかかっています。設営部隊による滑走路建設も計画通り
一週間で初期工程は完了する予定です」
「その頃には西海岸からの船団も到着する。運んでくる航空機が楊陸されれば、ここは
我が軍の最前線の砦としてアパッチどもに睨みを利かせることができるようになる。
だが、その前にしとくことがあるな。キンケードを呼んでくれ…最終的な打ち合わせをする」
一月十五日未明…キンケード少将指揮下の艦隊は日本海軍の要衝、カロリン諸島の
トラック島南西四百キロの洋上にあった。
「ヨークタウンより信号…『攻撃隊発艦準備よし』です」
「フレッチャーも張り切っているだろう。情勢の変化はないな」
「はっ、現時点で敵の接触を受けた兆候はありません。また、敵艦隊についての
新しい情報も入ってきておりません」
「よろしい、攻撃隊を出撃させる。続いて索敵機も出せ。日本の歓迎委員の動向には
気を使いすぎるということはないからな」
レキシントン級巡洋戦艦五隻以下、空母、軽巡、駆逐艦…計二十七隻のキンケード艦隊は
その高速性をいかしてトラック島の日本軍基地に攻撃を仕掛けるべくここにいる。
仮に自分より優勢な日本艦隊に遭遇しても、楽に逃げることができる。
空襲が成功し航空基地の能力を奪ったら、島に接近して三十六センチ砲…五隻合計
六十門の艦砲射撃で基地機能を徹底的に叩きつぶすつもりである。
戦艦の主砲は敵艦隊に向けるもので、陸上攻撃に使うなどとは…という声は
どこの国でも同じと見えて多く出た。
だが、合理的思考の持ち主であるキンケードにすれば『敵を撃破するのに使えるものは
なんであろうと使えば良い』であった。
キンケードはまた、米海軍でも論争かまびすしい『大艦巨砲か航空主兵』かについても
問題自体馬鹿げていると思っていた。
『裸の戦艦に百機の雷撃機が襲いかかれば必ず沈むだろう。対空戦能力に優れた
多数の護衛艦艇に守られた戦艦を十機で攻撃しても無駄だろう。要は総合的な戦力として
各々の力をいかせば良いということだ』
ヨークタウンとワスプから次々と攻撃隊が飛び立っていく。
F4Fワイルドキャット戦闘機が三十二機、ドーントレス急降下爆撃機が四十八機
デバステーター攻撃機が二十八機…計九十八機の大編隊が北西に向け進撃を
開始する。
「うまくやりますかねえ…いや、もちろん大戦果を期待してはおりますが」
そう発言した参謀が筋金入りの大艦巨砲主義者なのを知っているが、
キンケードは軽く答えた。
「日本軍は強敵だよ。だが、彼らがフィリピンにやれたことを我が航空隊ができないと思う
理由はないね。それに…」
「レーダー室より!敵味方不明機北西より接近中…です」
「攻撃隊指揮官より連絡!敵双発機とすれ違ったそうです。高速機…おそらく
六百キロを出していると…」
「F4Fが迎撃に向かいます」
「日本のパールハーバーだ。奇襲の可能性は低いと思っていたが…空襲を受ける
覚悟をしなくてはならんな」
「日本機などの攻撃を受けようともレキシントンはびくともしませんよ」
『だといいがな…日本機の数次第では…』
しかし、これはキンケードの杞憂であった。艦隊上空にはその後も数機の日本軍偵察機が
飛来し、最高速度550キロのF4Fをあざ笑うかのように高速で飛び回っていたが、
攻撃機が襲来することはついになかったからだ。その代わり…
「なんじゃ、ありゃ〜!?」
ドーントレスに乗る米軍攻撃隊指揮官ユーサック少佐は自慢の視力がかえって恨めしく思えた。
前方やや高位、一点の雲もない空の青を背景に七・八十機の航空機が向かってくる。
その機動は戦闘機のものに違いない。だが、少佐の目はその後方に同規模の編隊を捉えており、
さらにその…
「ウミネコの繁殖地みたいにうじゃうじゃいやがる。たのむぜ山猫達!突撃だー!!」
絶望感を押し殺すようにマイクに叫ぶとスロットルを開く。
「戦闘機隊、交戦に入ります。敵は…おそらく『ジーク』…ああっ…」
ジークか…詳細はつかめていないが日本海軍の主力戦闘機だ。少ない情報を分析した結果は
信じ難いことに、F4Fとほぼ同程度の性能を持っているらしい。だとすれば倍以上の機数で
向かって来られたら…
突進する攻撃隊を包み込むように第二の戦闘機隊が迫ってくる。
『速い…形もジークとは少し違う…オスカーか?』
編隊後尾のドーントレスが最初の獲物にされる。六条の火線が機体を捉えたかとおもうと
コントロールを失ったのか、きりもみ状に落下していく。
「さすがは12、7ミリ六挺だ。台湾じゃ重爆相手に手こずったらしいが
艦載機なら一撃だぜ」
大幅に数を減らしながら、鍾馗の海軍仕様『雷電』の網をくぐり抜けた攻撃隊の前に
巨大な環礁が見えてきた。外地での日本海軍最大の基地トラック島…だが、その上には
こんどこそ『鍾馗」が五十機以上も舞っていた。
「くっ…塗装が違うがまたオスカーだ」
史実だと『隼』につけられるコードネームだが、この世界では零戦と隼は同じ機体なので
鍾馗に回ってきたのだろうか…史実の鍾馗は首相の『トージョー』だったが、現首相の
『コノエ』は言いにくいのかもしれない。
トラック諸島には偵察機と対潜哨戒機のほか攻撃用の機体はほとんどなく、ほとんどが
防空用の戦闘機で占められていた。本土に新鋭機がいなくなるはずである。
電探と多数の警戒機からの情報によって、洋上八十キロ、四十キロ、環礁上空と
三段に構えた迎撃陣の前に米攻撃隊は壊滅。目標に投弾できたものは『一機』も
なかった。二十分の時間差をおいて来襲した第二波、約五十機も同様…というか
戦意喪失したのか爆弾を投棄して逃走に入る機が続出、被撃墜機こそ第一波より
少なかったもののトラック基地に毛ほどの損害も与えることはなかった。
未帰還機、F4F二十二機、ドーントレス三十九機、デバステーター二十八機(全機)
日本側、零戦八機、雷電三機、鍾馗一機……
公式名称『第一次トラック島航空戦』…通称『トラックの鴨撃ち』である。
つづく
今回はもう少し先まで書くべきか迷いました。どこで切るか…はけっこう大事だと思うのですが、いつもは思いつきの垂れ流しで気にしてなかったのに……次章を読まれたとき『ああ、もしかしてここと迷ったのか。こっちの方が良かったな』などと楽しんで?下さい。