第三十章『レイテ沖海戦…3』
二式艦上偵察機は本来、急降下爆撃機として開発された機体である。
水冷エンジンを装備して零戦以上の高速性を持ち、敵戦闘機を振り切って攻撃が
できると期待された。しかし水冷エンジンは求められる技術交差のレベルが高く、
この世界の日本技術でもドイツやイギリスの工作精度にはまだおよんでおらず
予期した性能が出せなかった。
機体設計そのものはかなり優れていたから、手慣れた空冷エンジンに換装したところ
爆装しなければ五百八十キロと申し分の無い高速性を発揮した。
急降下爆撃機としてはまだ改修の必要があるとされ、現在最終的な詰めが進められている。
開戦をひかえ偵察機への転用が発案され、試験の結果は上々であった。
増加試作の機数がかなりあったので、急遽搭乗員の機種転換訓練を終えて空母に
配属されたのは開戦直前…即初陣となったわけである。実戦でテストといった感もあり
制式化は来年からになるだろう。
ハリケーン戦闘機の追撃を巧みにかわしながら輻射した電波に導かれ、攻撃隊が東洋艦隊の
頭上に現れたのは意外に早く四十分ほど後である。発艦にかかる時間を計算すれば
日本艦隊はかなり近くにいるということだ。その数は戦爆雷合わせて七十二機…
東洋艦隊の前に阻止線を張るのはハリケーン八機、フェルマー戦闘機四機。
フェルマーは爆撃もできるというふれこみの単発複座の機体であるが、戦闘機としては
鈍重すぎ『万能兵器は無能兵器』という格言の見本のような存在になっていた。
三十二機の零戦…制空権重視の日本軍は搭載する戦闘機の比率を高くしている…の前に
半分にも満たない英戦闘機が駆逐されるのに時間はかからなかった。
両用砲、ポムポム砲を振り上げて身構えるプリンス・オブ・ウェールズだったが、
日本機は戦艦部隊を迂回するように後方へ向かう。
攻撃隊指揮官は発艦前に与えられた訓示を忠実に実行しようとしていた。
『第一目標空母、第二目標空母。空母の最大の敵は空母である!』
空母『龍驤』『龍鳳』『瑞鳳』『祥鳳』を中核とする第二機動艦隊を率いる
小沢治三郎中将は生粋の航空屋である。早くから空母の集中運用を具申するなど
機動艦隊創設に大きな貢献をした。年功序列…この世界にも、史実よりはゆるいようだが
やっぱり存在している…によって一機艦の司令長官にはなれなかったが、ともかくも
空母部隊を指揮できてはりきっていた。
『イラストリアス級は飛行甲板に装甲を張っているというな。艦爆の二十五番じゃ
ちと苦しいか…全機ハーミスに向かわせろ。艦攻でイラストリアス級をやる!』
二十四機の『九八式艦上爆撃機』はハーミスの上空で翼を翻した。
これは史実の『九九式』とほとんど同じ固定脚の機体だ。少しばかり頑丈で
装備機銃が12.7ミリなのを除くと速度が遅く(三百八十キロ)最大搭載量が
二百五十と非力なのが問題視されている。だからこそ次期艦爆の開発がいそがれて
いるわけだが…
しかし、ここでは恐るべき破壊力を発揮した。一機艦と比べて練度が劣るといわれる
搭乗員だが、五割を超える命中弾を叩き込んだのだ。ハーミスは二万トン近いとはいえ
旧式艦でもあり、十四発とされる二百五十キロ通常弾の打撃に耐えることはできなかった。
機関室にも被害が及んだのか、全艦火と煙に包まれると洋上に停止してしまった。
『九七式艦上攻撃機』…機銃を除き史実のそれと同じ、後継機が望まれているのは艦爆と
同様だが、ある理由により遅れている…は二手にわかれ両舷からインドミタブルに迫った。
三十ノット超で回避運動をする艦に雷撃を行い命中させるのは難しいことである。
だが、それは多数の護衛がいる場合の話…軽巡、駆逐艦各一の貧弱な対空砲火を
かいくぐると、距離一千を切ったあたりで次々と投雷する。
十六本のうち命中したのは左舷に二本、右舷に一本だけであったが、がくりと速力が
落ち傾斜したインドミタブルが航空機の運用能力…戦闘力を失ったのは確実だった。
日本機はやることを済ませると鮮やかに引き揚げていった。その数は減っているようには
見えなかった。
「空母が二隻とも…」
「ハーミスには総員退艦が出されました。長くはもたないでしょう。
インドミタブルからは十二ノットで自力航行が可能と言ってきております」
「日本軍の力を過小評価してたつもりは無いが、まさかこれほど…いや、いまは
分析をしてるときではないな、作戦はこれまで…ん?」
「ヒューストンから具申です。『夜陰に乗じ、レイテ湾に突入は可能と信ず』…と」
「ここからレイテ湾までどれだけかかると思ってるのでしょう。まだ五百キロは
あるというのに…」
参謀の一人が『これだから植民地人は困るよ』…の部分は飲み込んで発言した。
だが、フィリップスは一瞬退却命令をためらった。
『日没は近い…冬の長い夜だ…確かにレイテに突入までは可能かもしれない…
だが、その先はおそらく…いいや、ここで東洋艦隊のすべてを失うような愚はおかせない。
命令を出せば済むことだがヒューストンには一言でも説得の電文を入れるか?
…これだから連合の艦隊は面倒なのだ』
とりあえず駆逐艦にハーミス乗員の救助を命じるとともに、インドミタブルには
駆逐艦『テネドス」と共にシンガポールに向かうよう命令した。
ウェールズ以下の艦は陣形を整えつつ、救助活動を護衛するように遊弋する。
そして数分後…
「レーダー室より!水上レーダーに反応あり、方位十五、距離四万メートル。
大型艦と思われる。およそ三十ノットで接近中」
四万で探知したのなら大型艦に違いなかろう。
『あれこれ考えるまでもなかったな。インドミタブルを置き去りにしない限り
選択肢は無い』
「戦艦級の反応は五つ、他に中小の反応多数」
戦艦数、二対五…だが、ウェールズは条約明けに英国海軍が威信をかけて建造した
キング・ジョージ五世級の新鋭艦だ。基準排水量は四万トンを越え、主要部分の
防御力は四十センチ砲弾にも耐えるとされている。相手が条約型の旧式艦ばかりだったら…
「戦闘隊形をとれ」
ウェールズは『四連裝三基十二門』の三十六センチ主砲を振りかざすと
迫り来る日本艦隊に軸先を向けた。
つづく