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第二十八章『レイテ沖海戦…1』

「七千もの島々があるフィリピンを完全に制圧しようとするのは無駄です。

何個師団あっても手が回りませんし、そこまでする価値はありません」


最初に椿が総連の席上でそう切り出したとき、一座には怪訝そうな顔が並んだものである。


「もちろんです椿さん。我々としてもルソン、ミンダナオなど主要な島を押さえれば

良いと考えています」


メンバーに加わっていた杉山元参謀総長だ。

石油を初めとする資源のプレゼントが実際に出現すると、椿の存在は重さを増した。

明治時代でもそうだったが、やはり『現なま』は強いのである。

『御使い』に会おうと臨時にでも総連に参加を希望するものも増えた。


「基本的にはそれで結構ですよ杉山さん。ですが、それらの島に兵を送り込み

陸上戦をしてまで占領する必要は無いのではありませんか」


「………?」


「フィリピンにはさしたる資源はありません。ロープの原料のマニラ麻、サトウキビやバナナ

などの農産物…ナタ・デ・ココは好きだけど…が採れるくらいですからね。アメリカが

46年には独立させると約束しているのも戦略的な位置以外に重要性が低いからでしょう。

軍事基地だけ確保して、その他のことはフィリピン人自身に負担させるつもりです。

厠で使う紙…トイレットペーパーの原料である古新聞まで輸入しなくてはならない土地を

自国領土にしてる無意味さに気がついたってことですよ」


椿はダイビングに…といってもシュノーケリングだが…はまった時期があり、沖縄や

フィリピンのスポットに何度か旅行したことがあった。あの世界での数少ない楽しい記憶だ。


夕方、セブ島の空港に着き『シャチョサン…ケチヤロー』の物売りの声をかき分け

ホテルまで一時間以上車に乗った。行けども行けども真っ暗な道、集落も同様でわずか

一つか二つの灯りの下に住民が集まり『なんか』していた。それが悪いというわけじゃない。

省エネを考えたら人として望ましい生活かもしれない…が、戦後四十数年の時点でそれである。

大規模地主としてプランテーションを経営し、現地住民をこき使って王侯の暮らしをしようと

いうのならともかく、国家としてまともに抱え込むには荷が重すぎるというものだ。


「なるほど、我が国としてもフィリピンを併合しようなどとは、間違ってもしてはならんと

いうことですな。しかし、現在はその戦略的位置こそが問題なのでしょう。マレーや蘭印への

足がかりとして、またその後の航路の安全という面から見ても…です」


「そのためには、フィリピンの死命を制することができる拠点をひとつ確保すれば

いいのです。それが…ここ」


大多数のアメリカ人にとってフィリピンという地名は知識としてあっても、個々の島の

名前となるとルソン、せいぜいミンダナオ島まで知っていればかなりの『通』だろう。


「ルソンとミンダナオの中間か…ここに日本軍が?」


「レイテ島には少数の警備隊しかおりません。占領されるのは時間の問題かと…」


「なぜ奴らはルソン島ではなく、こんなところに来たかと聞いておるのだ」


「在フィリピン軍との戦闘で消耗するのを嫌ったのかも知れません。また、その必要性が

無しと判断したともいえます」


「……?」


「レイテに充分な航空戦力をおけば、フィリピン全土がその制空権下に置かれます。

そして在フィリピン軍には反撃の手段が残されておりません」


ルーズベルトの腹づもりでは、この時点で一旦はフィリピンを喪うことは計算の内だった。

マッカーサー以下の将兵は勇戦敢闘むなしく全滅、もしくは降伏するかもしれない。

だが、日本軍に打撃を与えアメリカの反撃のための時間を稼ぐことで国民の士気を

あげることができるだろう。アラモ砦のように…


『しかし、これでは降伏することもできないではないか』


日本にいいようにやられてる…ルーズベルトの口調はつい荒くなる。


「海軍の準備状況を聞きたい!」


アーネスト・キング海軍作戦本部議長が発言する。


「太平洋艦隊は準備を完了しています。ですが、英領ギルバート諸島を基地化するための

資材、人員および船舶の集積には、まだしばし時間がかかります。すべての作業は

大西洋優先で行われていますので…それと、当初のマーシャルとギルバートでは計画の

細かい点に修正が必要ですから」


マーシャルは日米開戦と同時に中立を表明しており、アメリカに対しては外交官の受け入れを

通達してきていた。いくら『日本の傀儡』としていても、日本軍の撤兵が確実視されている以上

この時点での侵攻は『ジャスティス帝国』としてできることではなかった。


アメリカは水面下で準備は進めていたものの、平和的ポーズをとり日本の戦争準備を非難

していた手前もあり表立って大々的な行動を起こせずにいた。陸軍兵力ひとつをとってみても、

平時の戦力は治安維持が主目的の州兵が中心で戦闘部隊はわずかなものであった。

編成され始めたそれらも大部分は大西洋を越え…風雲急を告げるアフリカ戦線に送らなければ

ならない。ロンメル将軍率いるドイツアフリカ軍団の前にイギリス軍は崩壊しかかって

いるのだから。


「承知しておる。だが、我々は近いうちに国民に対し目に見える形で対日戦の成果を示す

必要があると考える。年明け早々にチャーチル首相に会うが、諸君にはそれまでに具体的な

…たとえ『計画だけ』でもかまわんから、提示されることを望む。主体は陸海軍を問わない」


キングは沈黙した。時間をかけ戦備を整えればれば合衆国(海軍)の勝利は確実と信じる彼は

拙速な冒険的作戦を、少なくとも海軍主導では行いたくなかった。


マーシャル陸軍参謀長が何か言いかけてやめたのをルーズベルトは見逃さなかった。


「言いたまえ。無駄な意見はないよ」


東京、早稲田…


「…出て来ましたか。日本海軍にとっては『恩返し』の機会が来たわけですね。

では、各員がその任務を果たすことを期待しましょう」


受話器を置いた椿は、どうやら風邪もいえた身体をセツとサチにマッサージして

もらいながら頭の中でつぶやいた。


『レイテ沖海戦…か』


つづく









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