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第二十五章『始まり、始まり〜』

椿の初めての海外旅行は中華民国…『台湾』であった。

四十年近くも前のこと、勤務先の営業成績で下位入賞のご褒美である。

ちなみに上位入賞者は、十問正解して…はともかく『夢のハワイ』であった。


一ドルが三百六十円…観光バスのガイドが必ず出すクイズで、バスの部品で

百八十円で買えるものなーに?とやって笑かしてくれた時代。

三百ドルまでという外貨の持ち出し制限のあった時代…学生時代の仲間が

シャレで『祝、椿先生御外遊』と横断幕を持ち出しても(それほど)違和感の

なかった時代でもあった。

お土産のジョニ黒は免税価格二千八百円…日本では当時一万円…ドロボー


航空会社はキャセイで、飛行機はボーイングの707であった。


風邪による発熱のためか、そんな昔のことを夢に見ているうちに関係諸国の間で

それぞれ宣戦布告がなされ、欧州大戦は真の世界大戦へと進化を遂げた。


野村、来栖の両駐米大使とハル国務長官とのやり取りも淡々としたものだった。

『宣戦前の攻撃』は無かったし、半世紀に及ぶハルの外交官生活の中でも

とくに『無恥で、欺瞞に満ちた外交文書』を手渡されたわけではなかったから…


日米の戦闘は台湾南端の電探がフィリピン方面からバシ−海峡を北上してくる

大型機多数の反応を捉えたことから始まった。


アメリカ側が『バシーの惨劇』と呼ぶ、一大航空戦の幕が開かれていく。


ボーイングB−17、フライング・フォートレス…護衛機なしで敵地に侵攻、

爆撃任務を遂行できるとされた米陸軍が誇る重爆撃機が七十八機。

ただし、後方の防御、武装がやや弱いとされた初期型が多い。

マッカーサーの要請は無視され、新型機はドイツに対する戦略爆撃のため

ほとんどがイギリスに送られることになっている。


「タカオの上空は視界が悪そうですね。いくら新式の照準機でも全弾命中はちょっと

無理かも…」


「何度でも来るさ。台湾の基地を全部焼け野原にしちまえば、フィリピンは当分安全だ」


「ジャップもこの機体を見たら驚いて手を上げるかもしれませんよ」


「前方、高度八千に敵機多数!こちらより千メートルは上です」


…米軍だからフィートを使っているのだが換算が煩雑なので自動変換させてます…


おりから上り始めた太陽光を受けてキラッキラッと光る日本機は、こちらと

同じぐらいの数がいるようだ。


「さらに前方、高度六千にも多数…」


「…何かで日本機は竹と紙でできてると読んだことがあったが、どうやら金属製

らしいな」


「俺が読んだ本じゃ『ジャップのクレッセントな細っこい目は上下の視界が狭いから

パイロットにゃ向かない』って書いてありましたけど、やつらなんとか飛んでいる

ようですね」


「猿真似かもしれんが、ともかく自力で航空機を造れる唯一のアジア人だ。

あまりなめない方がいいかもな」


そう、全くその通りだった。


前上方にいたのは、陸軍飛行隊の一式単座重戦闘機『鍾馗』四十四機。

少し離れた編隊は同機の海軍仕様、局地戦闘機『雷電』三十六機である。


前下方のは、海軍の『零式艦上戦闘機』三十五機。

零戦の陸軍仕様、『隼』が二十四機…


平時には同じようなコンセプトの機体を陸海軍別々に開発することが

行われていた。切磋琢磨の意味もあったし、それぞれの発注される航空会社を含めた

打算、対抗心といったものも大きかったからだ。

だが、30年代後半の国際情勢の緊迫化が否応なしに両軍の機種統合をうながした。

量産効果でコストが下がれば、その分増産できるのだ。幸いというべきか、椿の示唆が効いて

操縦装置、使用燃料など共通の項目も多かったので統合は比較的にスムーズだった。


『零戦』…一千百馬力のエンジンを搭載、最高時速は五百五十キロ。

バランスのとれた機体だが、どちらかというと格闘戦に重点が置かれ、一撃離脱戦法の

能力はやや落ちる。落下式の増槽を着けると二千四百キロにも及ぶ長大な航続力は

広大な太平洋を戦場にするにふさわしいが…史実のそれよりは二割がた短い。

武装は機首と主翼に二挺ずつで計四挺の12・7ミリ機銃である。


日本戦闘機の武装は一部を除き、この銃(陸軍では13ミリと呼んでいるが同じもの)に

統一されている。二年前のノモンハン事件でのソ連機との戦いで、それまでの7・7ミリ機銃の

非力さが浮き彫りになったことにより一斉に転換されたのだ。機関銃大国日本の国産品は

弾道もよく低伸して優秀なものである。それでもアメリカのブローニング社製のそれよりは

わずかに落ちるようだが…


『隼』…基本的に零戦と同じだが、艦上機でないので着艦のための装備や翼端の

折り畳み機構(一メートル)が無い。その分少しだが機体が強化されている。


『鍾馗』『雷電』…塗装と海軍機である雷電の『浮き袋機構』を除き全く同じ。

一千三百馬力で六百五キロを出す。頑丈に造られ、急降下による一撃離脱戦法に

適合した機体だ。機銃が機首に二挺、主翼に四挺で計六挺の強武装を誇る。

高高度性能もこの時点の日本機の中では最高である。史実通り頭でっかちな

デザインだが、この世界の技術向上を反映して十センチ足らずではあってもエンジンの

直径が小さく、その分視界や操縦性も良くなっているだろう。


鍾馗と雷電が一撃をかけ、脱落したり高度が下がったものに零戦と隼がかかる…

事前の作戦計画に従い、二段に待ち構える日本機のなかにB−17の編隊が

突っ込んでいく。


結論から言うと日本軍は敵重爆の高雄上空への侵入、投弾を阻止できなかった。

脱落機は相次ぎ編隊も大きく乱されていたが、B−17は腹にかかえてきた一機あたり

六トンの四百五十キロ爆弾を、霧が晴れかかっていた高雄基地めがけて投弾した。

七十八機のうち投弾できたのは六十四機、のこりはそれまでに撃墜または被害が大きく

引き返し始めていた。


米軍の損害…被撃墜八機、海上への不時着四機、ルソン島北部の緊急用飛行場に

降りたものが六機。三機が出撃したクラークフィールド基地までもどったものの

着陸時の事故で大破した。

軽微とはいえないが、甚大な損害ではないと思われた…が。


極東航空軍司令官ブレリートン少将は青ざめた顔でつぶやいた。


「明日以降の出撃は不可能だ」


九百名を越す搭乗員の内、未帰還および行方不明者を含めた死者が約二百、負傷者は

重傷のものだけで二百五十をを越えている。人員の損耗率は五割だ。

防弾設備のおかげでパイロットの損失はやや少ないが、機銃員はほぼ壊滅状態になっている。

火ぶすまのような12・7ミリの洗礼を受けた結果だ。


穴だらけの機体は修理すればまた飛ぶこともできるが、穴だらけの人間は…

ことによると撃墜されるより始末が悪いかもしれない。燃えて落ちていく僚機を見るのは

衝撃だろうが、手足をもがれ腹に大穴を空けてのたうち回る仲間のうめき声を狭い機内で

長時間にわたり聞かされるのはたまったものではない。ましてや初陣なのである…現に精神に

ショック症状を起こしていると見られる搭乗員が多数に上っていた。


仮に今日出撃しなかった機体を含め、五十機ほどの攻撃隊を編制したとしても…


『だめだ、今回以上の惨劇が起こるだけだ。機体、人員とも大規模な増援を受けるまで

極東航空軍は攻勢には出られない。だが、それにしてもジャップの航空能力がこれほどとは…』


そして極東航空軍にはチャンスは無かった。


つづく



ようやく、よーやっと始まりました。章タイトルは他にはふつうに『開戦』、または『バシーの惨劇』と候補があったのですが、どれが良かったでしょうね。

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