第二十三章『陸さんも少し…』
千葉県習志野…日本騎兵および機甲部隊発祥の地である。
「これが九六式改中戦車、こちらが新型の一式中戦車と一式砲戦車ですね」
「はい、ノモンハンの戦訓を生かして開発されたものです。数さえ揃えば
ソ連の戦車を圧倒できると思います。英米のものと比べてもひけをとらないかと」
案内役、島田豊作中佐の自信に満ちた言葉にはそれなりの裏付けがあった。
…本来なら機甲部隊創設に尽力した本間元中将の役どころだが、彼は椿と軍部の
橋渡しを精力的にこなした後で安心したためか、ぽっくりと逝ってしまったのだ。
二年ほど前の1939年夏、満州とモンゴルの国境線をめぐる紛争に端を発した
日ソの武力衝突…いわゆるノモンハン事件では日本戦車部隊は数において劣勢ながらも
善戦していた。九六式戦車と敵の主力、BT快速戦車のキルレシオ…損害比率…は
1対1.5であったという。
九六式戦車…長砲身四十七ミリ砲、全面装甲厚三十五ミリ、ディーゼル駆動。
なるほど、これならBTとは互角以上に戦えるだろう。
その改良型は、主砲を五十七ミリに拡大、二十ミリの追加装甲をボルトで着けてある。
機関は共通なので速度はわずかながら落ちているが…
一式中戦車…主砲は五十七ミリのままだが、装甲は最初から五十ミリ、新型の機関により
路外でも時速四十キロを出せる。
砲戦車…一式の車台に七十五ミリ砲を固定装備し防盾を着けたもので、機動式の
対戦車砲といったものである。
『数さえ揃えば…か。だが、T−34が出てきたらなあ…』
史実のソ連戦車T−34は第二次世界大戦中の各国戦車の中でも…居住性を除いて…
最高傑作とされている。
傾斜装甲を多用した防御力の高さ、七十六ミリ砲の威力、幅広のキャタピラーによる
悪路走行性能…いずれをとっても、いま目にしている日本戦車では太刀打ちできないだろう。
独ソ戦でソ連が崩壊…までいかなくても、かなり弱ってくれれば事態は変わるが…
「ノモンハンでは『肉攻』も多用されたのですよね」
「はい、使いたくない戦法ですがやむを得ませんでした」
肉薄攻撃…爆薬を持った歩兵による戦車に対する近接攻撃で、当然のことながら
多数の人命の損耗を必要とする。
「戦車を出すわけにはいきませんが…肉攻による損耗を減らす兵器を持ってきました」
護衛小隊の下士官が持ってきた包みを開けた。
『噴進砲』…携帯対戦車砲、いわゆるバズーカ砲である。
「ロケット砲…ですか?」
「その通り、反動が少ないので歩兵が携帯できます」
「陸軍でも研究中と聞いたことがありますが…命中率の低さと貫通力に問題があるとか」
「命中率についてはその通りです。必中を期すなら百メートル、いや五十メートルまで
接近する必要があるでしょう。それでも破甲爆雷を持って敵戦車の下に飛び込むよりは
よほどましだとは思いませんか」
「確かに…」
「貫通力についてですが…これは通常の対戦車砲のように徹甲弾の物理的打撃で
装甲を破るものではないのです。成形炸薬と言いまして…」
椿はその場にしゃがみ込むと地面に図を描いてみせた。
「先端は薄い軟鉄でできています。装甲の表面で滑らないようにするためですね。
で…中の炸薬はこのようにすり鉢状にくぼんだ形になってます。これが発火すると
モンロー効果、あるいはノイマン効果というものによりまして数千度の高温ガスが
前方に噴き出し、装甲に穴を空けるのです。たとえ数ミリの穴でも、数千度のガスが
吹き込めば密閉された戦車内がどうなるかおわかりでしょう」
「おお、外殻はほとんど無事でも乗組員は…」
「そういうことです」
椿はこれを一万挺(門)出現させるつもりだ。ちょい未来兵器だが、百万発の砲弾込みで
一億ポイント…安い買い物である。兵員は出さない…使用説明書が付いているから
それを読んで訓練してもらうしかない。
残…九百八十億とんで八百六十八万九千五百ポイント
日露戦争のときと違って今回は海軍中心だから、とりあえず開戦前のいまはこの程度…かな。
陸軍の対戦車兵器としては、自動車両牽引の五十七ミリ砲がそれなりの数揃っている。
少なくとも戦争前半…M−3スチュワートぐらいまでは充分に撃破できるはずだ。
東京…1941年十一月二十五日、アメリカ政府からの最終提案、いわゆる『ハル・ノート』を
受け日本は戦争の決意を固める。いっさいの妥協、譲歩を含まないハル・ノートが
導きだす結論は、アメリカは戦争を望んでいる…としか言いようのないものであったからだ。
『対馬丸事件』に対する英国政府の返答は『黙殺』であった。
『我々は平和を望む。しかし、万一のときは抗戦あるのみ。全国民もまたおちついて
自衛の準備をせよ!』
日本政府の声明はどこかで聞いたことがあると思ったのだが…
史実の日中戦争開始時に国民党の蒋介石が発したものと同じであった。
つづく