第二十一章『着々と…』
日本領…正確には国際連盟からの信託統治委任領、マーシャル諸島の沖合。
「すごい数の輸送船だ。太平洋艦隊司令部に連絡をしなくては…」
「スクリュー音!接近してきます」
「潜望鏡降ろせ!深度八十、島からはなれるぞ」
アメリカの白い家…
「ジャップはやる気のようだな。問題はマーシャル諸島を防衛するつもりなのか、
ハワイにでも攻めて来るつもりなのか…ということだが」
「日本海軍のドクトリンは、攻め寄せてくる相手を待ち受ける…というものです。
日露戦争での『ツシマ』の経験がそうさせていると思われます。戦艦は高速ではありますが、
航続力はおおむね我が方のものと比べて短いと分析しています」
「我が海軍にはフィリピン救援という戦略上必要な使命がありますから、主力艦には
長大な航続力を持たせてあるのです」
「したがいまして、もし開戦となりましたら日本のとる作戦はマーシャルの防衛と
フィリピン攻略の二つということになるでしょう」
「攻めて来る…たとえばハワイに…という可能性はないというのかね」
「完全に否定はできません。ですが、日本もハワイの防衛力の高さはある程度はつかんで
いるでしょう。開戦劈頭にそれほど大きな危険を侵すとは考えにくいのですが…
まあ、来たら来たで太平洋艦隊がハワイ沖で日本海軍を撃滅してご覧に入れます。
そうすれば戦争はごく短期間で終わることになりますな」
「ほう、かなりの自信だね」
「新鋭戦艦の『ノースカロライナ』『ワシントン』を大西洋からまわしてもらったことで、
太平洋艦隊の士気は上がっております。司令長官のキンメルもハワイ防衛には
自信がある旨の発言をしていますから」
「それでは、マーシャル諸島の輸送船団は防備を固めるための増援を運んで来たと考えて
よいのだな」
「はい、海軍とマーシャル攻略を担当する海兵隊司令部ではそのように判断しております」
「…で、フィリピンの方は?海軍の救援まで持ちこたえられそうかね」
「B−17爆撃機は現在百機を越えています。戦闘機も二百機の態勢が整いましたので
少なくとも航空戦では台湾の日本軍は圧倒できると思います。ただ、日本陸軍に
上陸されてしまうと苦しいかと…在フィリピンの陸軍は約十万ですが、アメリカ兵
二万以外の現地兵は戦力としてはかなり低いと言わざるを得ません。
マッカーサー司令官は半年は持つと言っていますが、三か月が限度でしょう」
「海軍に与えられる猶予は三か月…ということだか」
「しかし、日本は戦争を始めるでしょうか?満州で大規模な油田が発見されたと
聞きますが」
「実際に彼らはもう始めている。入ってくる情報は猛烈な戦争準備を示すものばかりだ。
日本は我が国が差し伸べた平和の手を振り払った。今後起こりうる事態に責任を
とらなければならないのは日本なのだ」
「イギリスは新鋭戦艦のプリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦のレパルス、
イラストリアス級空母を含む艦隊のシンガポールへの派遣を公表しましたが
どういうつもりなのでしょうか?抑止効果を狙ってのことだとしたら日本が
開戦を躊躇するのでは?」
「中途半端な戦力だが、チャーチル首相としては精一杯のところだろう。
海軍に自信のある日本にとって大きな抑止効果はあるまい。フィリピンでの
戦いでの牽制ぐらいに考えておいた方が良い」
「ヨーロッパの戦況ですが…モスクワ前面で激戦が行われており、十一月末まで
もつかどうかという感じです。東部戦線がロシアの敗北で終わってしまうと
ナチの圧力が再び西部戦線…イギリスにかかることになります」
史実より三週間ほど早く始まった独ソ戦は、その分ドイツ有利に進捗していた。
これにはバルカンの情勢が影響している。
バルカン戦争および第一次世界大戦で史実より遥かに荒廃したこの地域は、
(ヨーロッパ)世界からなかば見捨てられた状態になっていた。
イギリスがギリシャに、ドイツが…石油目当てに…ルーマニアに、
イタリアがアルバニアに…と関係を強めてはいたが、内戦の長引いたソ連が
立ち後れたこともあり『ユーゴスラビア』という国家はなかった。
いや、ベルサイユ条約で一時は成立したのだがたちまち分裂し、椿の知ってる
平成の世界のように民族や宗教による小国家群がひしめき合う状態となっていた。
ある意味で枢軸国と連合国の緩衝地帯にもなっていたため、史実で独ソ戦を
遅らせたユーゴスラビアの『クーデター未遂事件』など発生しなかったのだ。
ロシアの大地に冬将軍の到来は近いが…
「失礼します、緊急の報告です」
「緊急の報告です」
ほぼ同時に部屋に入ってきたのは、国務省と海軍省のスタッフでそれぞれの上司に
近づくと耳打ちをする。
スターク海軍長官が発言した。
「容易ならざる事態が発生いたしました。我が海軍の艦艇がドイツ海軍の潜水艦により
攻撃を受けました。やむなく行った反撃により潜水艦は撃沈したという報告です」
「なんと…詳細を大至急で調査するのだ。その上でドイツに厳重な抗議をおこな…
どうしたね国務長官?」
めったに内心を顔に出さない…外交官にとって必須の素質だが…コーデル・ハル国務長官が
やや顔を青ざめさせて言った。
「日本が…イギリスに対し最後通牒を突きつけました」
つづく
夏負けっぽいです。仕事で半徹夜、腹ぺこのところに酒を流し込んでから『ラーメン二郎』にチャーシューメンを食べにいったら貧血を起こしました。気がついたらどんぶりに顔を突っ込んでいてとても恥ずかしかったです。てなわけで更新も遅れがちですが気長にお付き合い下さい。