表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/127

第二十章『五十と五十六』

連合艦隊が神奈川県日吉の台地上に司令部をおいたのは、第二次世界大戦が始まる前の

1939年夏のことであった。新しく司令長官になった山本五十六の意向を海軍が

受け入れたのだ。


『連合艦隊司令部は戦艦におくという伝統を破るとは何事か』という声は当然あったが、

『今後の戦争では多方面で同時に作戦が行われる可能性が高い。ときに無線封止の必要が

ある戦艦上にあっては全般の作戦指揮に困難を生じる。対馬沖ですべてが決着した時代とは

違うのだ』という山本の主張に反論は…感情的な面を除いては…できなかった。


さらに『日本海海戦で東郷長官が司令部要員もろとも戦死されたことは、海戦の結果を

左右しかねない混乱を生んだ。かといって座乗する戦艦を安全な後方においては

貴重な戦力を置物にするだけではないか。対米英で戦力の劣る日本に戦艦を遊ばせておく

余裕はない』と浴びせられると、大方は引き下がるしかなかった。


日本海海戦の研究は海軍軍人にとって必須であったから、その問題点も多くの者が

知ってはいた。だが、出来上がってしまった『伝統』とかいうものを変えるのは

なかなか難しいものなのである。猫の首に鈴をつけるのは誰だっていやだから…


その点、日本海海戦に参加して旗艦の三笠や乗艦の日進が沈む様を見ている山本の

言葉は迫力があり、負傷により指を喪った手につかまれるように同調者が増えたことで

陸上の連合艦隊司令部が実現したのだ。


日吉を選んだのは東京にも横須賀にも近く、台地上なので通信状態が良好だったことだ。

また、地下壕を含む大規模な工事の間は隣接する慶応義塾の施設を間借りして要員を

入れることも可能だった。工事は長期化し、大方が整った現在も地下壕の拡充が行われて

いる。


「海に出ないわけじゃありません。来年竣工する『大淀』なら短期的には司令部機能を

果たせるでしょうから…まあ、そのときは連合艦隊…いや、日本にとって最後の

決戦におもむくということですがね」


笑みを浮かべながらいう山本の口調には、皮肉とも諦観ともとれるものが含まれて

いるようだ。


「…で、いかがでしたか視察の結果は?」


「たいしたものです。これなら攻め寄せる米太平洋艦隊を迎え撃って存分のたたかいが

できるでしょう」


「半年や一年の間でしたら…ですな。それ以上になれば、いずれ米国の国力に

押しつぶされることは間違いないですよ」


「その通りです…(おれがいなければ)…ね。国力の最後の一滴まで絞りあうような

ことは避けるべきでしょう。日本にとっても、米国にとっても…です」


「どうも、よくわからないのですが…椿さんは戦争を煽りにきたわけではないのですね。

正直なところ私は始め、迷惑な話だと思ったのですよ。『御使い』に対し失礼だとは

承知の上ですが…」


「いずれにせよ戦争は迷惑であることに間違いはありませんよ。勝ち目が薄いとあっては

なおさらですがね」


「前にお話を伺ったとき、米国の戦争への傾倒は国家の本能であると聞きましたが

それが国家にとり不利益であるとしてもやってきますか?」


「国家…あるいは大多数の国民にとって不利益であっても、一部に得をするものがいて、

彼らが国を動かす力があれば問題ないですよ。時として国家を超越した存在であったり

しますからね」


「それは…秘密結社というようなものなんでしょうか」


「いやあ、ただの企業だったりします。利潤追求は企業の本能ですが、いきつくところ

国家より自分の属する会社の方が大事ということになるんですな」


「………」


「企業に限らず、組織には常にそういう危険がつきまといます。役所であったり、

軍であったりね」


「たしかに…昭和初期の軍縮時代には陸海軍問わず『軍あっての国家ではないか』などと

気炎を上げる輩もいましたからな。ああいうバカ共が主流にならずによかったですよ」


いくつかの暴発、テロ事件はあったが徹底的に押さえ込まれたのは先述のとおりである。


「ところで山本さん、あの作戦については?」


「やめました…黒島などはやりたがりましたがね。椿さんのおかげで、やる必然性が薄れたと

いうことですよ」


「やれば…そして成功すれば戦史に残る作戦になったでしょうからな。ただ…」


「ええ、開戦劈頭の奇襲攻撃は一歩間違うと…宣戦布告の手交が少しでも遅れたりしたら

アメリカ国民の戦意に火をつけてしまうことになりかねません」


史実の『真珠湾攻撃』の目的は時間稼ぎであった。山本五十六にしても太平洋艦隊に打撃を

与えたくらいで、米国に厭戦気分を起こせると思うほどおめでたくはなかった。

東南アジアの英、蘭軍を駆逐して資源地帯の確保がすむまで太平洋艦隊を動けないように

しておくということで、それには成功したといえるだろう。


だが、この世界ではその必要性は低い…逆に急な東南アジア進攻は困難である。

仏領インドシナへの進駐は行われていない。ドイツとの同盟関係などないのだから、

その傀儡であるビシー・フランス政府の支配するインドシナに行けるはずもない。

また、中国から海南島を租借して基地を造ったりもしていない…要するに

足がかりがないのだ。


椿の打った手は単純で、とりあえず必要な資源をプレゼントしたのだ。

鉄…くず鉄の形で百万トン、二千万ポイント

アルミ…インゴットで十万トン、二千五百万ポイント


ニッケル、タングステン、錫、生ゴムなど一万トンずつ、合計で四千五百万…


意外と安かった…未来兵器ではないし、ものによっては未来の方が安かったり

するからかな?


石油…軽質原油四百万キロリットル、約三百二十万トンは三億ポイント

ただし金属と違って地べたに出現させるわけにはいかないので

一万トン級の高速給油艦を十隻出して、空になったらまたいっぱいになるという

『魔法のひょうたん』方式で行くことにする。その方式は日本の領海内限定なので

当分は浮かぶ石油タンクとして港に停泊させとくしかないが…


これが高かった。一隻あたり乗組員込みで一億五千万…史実の大和の建造費より

高いんでやんの…十隻で十五億。


というわけで、残は九百八十一億とんで八百六十八万九千五百ポイント


ともかく、あせって南方を攻略する必要は無いし困難でもある。フィリピンが

片付いてから情勢を見て、じっくりと取りかかればよいのだ。


1941年十月、五十隻を越える大輸送船団が護衛艦艇とともに日本を出た。

方角は東…


つづく


資源の価格…ポイントはごく大まかに調べた数字をもとに、てきとーに決めました。石油は上質な軽質原油ということで大分高めに…とか。違うだろ!というご指摘をいただいたら、すぐ謝りますのでよろしく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ