第十六章『続・連合艦隊1941』
フロートの着いてない…陸上機を発着させる軍艦が登場したのは第一次世界大戦からである。
イギリス海軍が大型巡洋艦の『フューリアス』を改造して飛行甲板を装備したのが
初めとされる。もっともこの艦は飛行甲板が前後二つに分かれており、その間に艦橋と煙突が
立っているという構造で、実用性が低かっただろうことは容易に想像できる。
一般にイメージされる航空母艦…空母の形、一枚の全通式甲板を初めて持ったのは、
やはり英海軍が商船を改造した『アーガス』ということになる。
初めから空母として建造されたのは、着工がイギリスの『ハーミズ』、竣工は日本の
『鳳翔』がもっとも早い。史実通り、世界初の正規空母は日本が所有することになった。
椿が明治時代にした示唆もあり、第一次世界大戦で急速に進歩した航空機は日本の
陸海軍に着実に取り入れられていった。工業の基盤が欧米より劣る日本であったが、
苦心と試行錯誤を重ねながら国産の航空機を実用化させてきている。
それを搭載する空母のあゆみであるが…
史実では軍縮条約のあおりを受ける形で、建造途中の巡洋戦艦と戦艦から改装されて
誕生したおなじみの『赤城』『加賀』は造られなかった。もともと建造予定がなかったのだから
当然である。三段式の飛行甲板などという色物が登場しなかったのは幸いだったかも…
とはいえ、黎明期の空母という艦種自体がまだまだ色物的に見られていたことも事実である。
艦載機の着艦装置ひとつをとって見ても、鳳翔では制動のためのワイヤーが艦尾から艦首に
縦に張られていた。艦載機に装備された降着装置を押しつけて摩擦で制動しようという
ものだったが信頼性が低く、横に張ったワイヤーにフックをかける…後から考えると
当たり前に思える…方式に改められた。
日本海軍は鳳翔と次の『龍驤』『龍鳳』をなかば実験艦として使い、空母の実用性を高める
努力を続けた。この二艦は一万三千トンの大型巡洋艦を改装したもので、鳳翔の倍の四十機と
いう搭載能力と三十ノットの速力を持っている。龍驤は当初、甲板が真っ平らで甲板前端の下に
艦橋があるフラットデッキ型の空母であった。甲板上にアイランド…島型の艦橋を持つ
準同型艦の龍鳳との運用試験での比較の結果、軍配は龍鳳にあがった。
艦載機の発着時に甲板上の気流が与える影響という面では、フラットデッキ型の方が
優れているのだが、艦の運用、指揮では視界の広いアイランド型が絶対に有利である。
また、日本近海の波の高さからフラットデッキ型では、荒天時の操艦に多大な困難を
生じることもわかった。
これらの教訓をふまえ、軍縮条約の枠の残りを使って建造されたのが『蒼龍』『飛龍』
『雲龍』の龍型空母三隻である。
一万七千三百トン、七十機を搭載し三十四ノットで疾駆する移動航空基地…
真の正規空母が誕生した。
龍型空母でも実験は行われた。蒼龍は艦橋を右舷のやや前方におき、その後ろの舷側から
煙突が下向きに出ている。飛龍では艦橋が煙突の反対側の左舷中央に移された…これは
艦のバランスや指揮のために有効ではと考えられたことで、じっさいその面での結果は
良好だったが甲板上の気流に関しては悪影響が出てしまった。
最終的に日本空母のスタンダードとなった配置は、雲龍で取り入れられたものである。
右舷に煙突と一体化した艦橋、その煙突は舷側外に向けやや傾斜させて取りつけられ、
排煙による影響を減らしてある。
条約あけから、建造されたのが龍型の拡大改良版ともいうべき『翔鶴』『瑞鶴』と
準同型艦の『赤城』『天城』という四隻であった。
二万七千トン…赤城、天城はやや重い、電探搭載を考慮して艦橋を少し拡充したため…
八十機の搭載能力をもち、速力は三十五ノットである。
龍型より余裕のある設計で、特に防御力は格段に向上している。
従来は空母の命名基準として、飛翔する動物にちなんだものが使われてきたが、
ネタが尽きそうになってきたこともあり、大型艦には…建造されるとしたら、という
仮定の下に…かつて巡洋戦艦の名として候補にあがっていたものを引っ張りだしてきたのだ。
現在、着工されている二艦は『葛城』『蔵王』と名付けられる予定だという。
鳳翔を含めて、現時点での正規空母は十隻。
その他には給油艦改造の一万二千トン級軽空母『瑞鳳』『祥鳳』がすでにあり、
同クラスの『千代田』『千歳』『日進』も水上機母艦からの改造工事が進んでいた。
二万五千トン級の客船を改造した『飛鷹』『隼鷹』も就役間近である。
戦闘用の空母は以上であるが、航空機の輸送や船団、艦隊の護衛任務のための
低速非力な改造空母は『雲鷹』『大鷹』など四隻が就役しており、急遽さらに
六隻が計画、着工されている。
史実より格段に強力とはいえないが、この時点で世界最強と言っても過言ではない
布陣である。わずかな期間ではあるが、これらをひとまとめにした母艦戦力に
太刀打ちできる海軍など、世界のどこにもいないことを…椿は知っている。
つづく