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第十三章『あの人と出会って…3』

二十一世紀の世でも、他人の国に勝手に『飛行制限空域』なんてものを

設定してしまうのがアメリカという国である。

在フィリピンの米アジア艦隊の長期演習を名目として、南シナ海および

ミンダナオ海において通行する船舶に対し臨検を行うと通告して来たのだ。


「あわせて、来年始めにはアジア艦隊を大幅に増強するという情報も入って

きております」


東郷外相の顔色が青い…アメリカは明らかに日本を戦争に追い込もうとしている…


「ともかく抗議をいたします。吉田さん、グルー大使との会談をセットして下さい。

それから野村駐米大使にも連絡を取り対処させましょう」


言う東郷も、聞いてる一同もそれが無駄に終わるであろう強い予感にとらわれていた。

確固たる意志のもとで動き始めているアメリカが、日本の全面的譲歩なしで態度を

軟化させるはずがないことはわかりきっていた。


「しかし…どうしてこうもアメリカはいそぐのでしょうか?経済封鎖を続ければ

日本の国力はじり貧になる。二、三年後には樺太の油田と、満州の資源で支える分しか

維持できなくなることは明らかです。中国が安定すれば別ですが現状では望み薄でしょう。

それなのに、なぜルーズベルトは…」


山本五十六の問いは、なかば椿に向けられたもののようだった。


「考えられるのは…選挙対策…でしょうか」


「………??」


「ルーズベルトは合衆国の歴史に不朽の名を残す『偉大な大統領』の称号を欲しています。

彼は、任期は二期までという慣例を破り三期目の政権に就いていますが、おそらく

1944年の大統領選挙にも出馬するつもりでしょう。そのためには『偉大な勝利』が

必要なのですよ」


「偉大な勝利…ですと?」


東条英機の声が一段と甲高くなる。


「かつて世界はイギリスの覇権のもとで一種の安定を示していた時期がありました。

『パックス・ブリタニカ』…と呼ばれましたが、ルーズベルトはそれに代わる

『パックス・アメリカーナ』を築こうとしているのです。先の大戦の結果、

巨額の債権によって欧州に対する経済的優越は揺るぎないものになっています。

今回、それを乱そうとしているナチスドイツを叩きつぶし政治的にも欧州の覇権を

握るつもりでしょう」


「ルーズベルトは選挙公約で欧州大戦への参戦を否定しておりますが…」


「確かに、現在のところそれが足かせになってはいますが、やり方はいくらでも

ありますよ」


「ルシタニア号のような事件が起きれば…ですか」


「察しがいいですね黒島さん」


黒島亀人大佐が言ったのは、第一次世界大戦でアメリカ参戦のきっかけの一つになった

『ルシタニア号撃沈事件』のことである。ドイツの無制限潜水艦作戦により撃沈された

イギリスの豪華客船ルシタニア号には、多くのアメリカ人乗客がいて二百人もの

死者を出した。この事件によりアメリカの対独感情は一気に悪化したのだ。


「アジアでは日本をつぶし、広大な中国大陸をアメリカ資本の市場にする。

これでパックス・アメリカーナが完成しますが、それは次の選挙前に達成しなくては

なりませんよね。また、この戦争はアメリカの経済的苦境を救うという意味も

持っています。ルーズベルトのニューディール政策はすでに限界を露呈しています。

海軍の軍拡案が議会を通ったことで造船業界などは活況なようですが『消費のない

生産』は一時的な効果しか得られません。継続的な大消費がどうしても必要なのです。

不況の克服なしには大統領四選は無理でしょうからね」


「ルーズベルトは自分の政治的野望のために、戦争を引き起こそうとしていると

おっしゃるのか」


「個人的野望もあるでしょうが、先ほども言いましたようにアメリカという国家の

本能にもとずく動きと言った方がいいかもしれません」


「…生半なことでは、その動きは止まらないということですな」


「パックス・アメリカーナ…」


吉田茂がつぶやく…椿にはその続きがわかる気がする。『それで世界が安定するならば

良いではないか…ナチスドイツやソ連の支配下に入るよりはずっとましだろう』

その通り…史実の日本は敗戦国ながらも、東西冷戦構造の中で『出来のいい飼い犬』の立場を

享受して空前の経済的繁栄をなしとげるのだが…


「皆さんに申し上げておきます。『御使い』としての私は日本の滅びを回避するために

存在します…ある程度の力も持っているとはいえ、主体はあなた方です。和戦の選択は

おまかせしましょう。いずれも苦難の道であることに変わりはありませんが、

堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、戦わずして膝を屈するというなら…それも立派な決断です…

私は立ち去ることにします」


「………」


「もし、しばらく私がいることを望まれるのでしたら…和戦の決定がなされるまでは

いずれにせよいるつもりですが…一つ情報を提供しましょう。吉と出るか凶と出るかは

わからない情報ですけどね」


「もちろん、いて頂きたいと考えます。…して、その情報とは?」


だれかが『お引き取り下さい』というのを恐れたかのように、間髪を入れずに東条が答えた。

一同を見回すが、複雑な表情ながらも異を唱える者はいない。好奇の感情と、不安の間で

揺れ動いているのだろう。さて、どうなるか…


「日本には多少の心理的余裕を、米英には焦りを与えることになるでしょう。

よろしいですか…満州に現在の日本が必要とする数十倍の産油量をもつ油田が存在しており、

私がその位置を詳細に教えることが出来るとしたら…?」


つづく


相変わらず『艦隊』が出て来ませんが、もう少しのはずです。ものごとはその最中が楽しいのはもちろんとして、直前の『いよいよ〜』というときの楽しさも格別ですよね。…え〜と、休日の前日の夜…ですが。

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