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第百二十四章『五月の点景』

五月とはいえ北の海を渡って吹く風はまだ冷たい。


椿五十三郎は指揮巡洋艦『仁淀』の艦橋から択捉島ヒトカップ湾に停泊する

特設機動艦隊…魔王艦隊の艦艇群をながめながら熱いコーヒーをすすっていた。


「とりあえず半分ぐらいは退役…解体ということになるかも

しれないな」


「この艦隊の…ですか、長官?」


意味をつかみかねたのか、下西正夫参謀長が首をひねりながら聞いた。


「すぐに、ということではない…ソ連とどうなるかにもよるだろうしね。

だが、いずれ太平洋における海軍軍縮は必須となるだろう」


「休戦、講和に向けての交渉の中でアメリカがそういう条件をだしてくるという

ことですね」


松島律先任参謀は察しがいい。


「たしかに、平時であればわが特機艦と連合艦隊をあわせた空母…

翔鶴型と蒼龍型だけでも十九隻というのは、かなり過大かもしれませんね」


「米海軍にしてもそうだよ。おそらく追加発注は止めていると思うが、現在でも

エセックス級だけで十五隻以上はあるはず。それにエセックス級はあくまでも

戦時急造艦だ。艦載機のジェット化をにらんだポスト大戦型の本格空母に切り替えて

いきたいだろうし」


「自国の空母を増やすわけにはいかない…そのかわり日本の空母を減らしてバランスを

とろうというわけですか」


「手始めは改装空母と龍型以前の空母からだろうが、翔鶴型も減らさないとアメリカは

納得しないだろうね」


「まあ、日本と米英にしか大海軍は存在しないわけですから、この三国が交戦国で

なくなれば海軍軍縮の声は当然高くなるでしょう。わが国はどの辺りまで応じることに

なるんでしょう?」


「十年先を見るとすれば…一線級の戦力は翔鶴型ではありえない。それは呉と横須賀、

こんど長崎でも建造が始まった彼女たち三隻の役目だ」


まだ名前も決まっていない彼女たちは、六万八千トンの巨大空母である。

斜行甲板アングルドデッキをもち将来の艦載機の大型化、重量増にも

対応できる設計になっている。


「とはいっても、ジェット機が本格的に実用化されるまでは五、六年はかかる。

それまでは翔鶴型と組み合わせて運用する必要があるだろう。翔鶴型の何隻かは

ヘリコプター搭載母艦に改装するというのもありだな」


「ヘリ…?」


「固定翼をもたず、回転翼で飛行する航空機だよ」


「ああ、オートジャイロのことですか。陸軍で研究してるという話ですが」


「厳密にいうとオートジャイロとは違うんだが…長い滑走路もいらないし、輸送や

負傷者の救助など軍事目的以外にも使い途が広いからね。まあ、機体の開発は

まだこれからだが」


オートジャイロは回転翼を動力で駆動しない。別の動力で機体を前進させることによって

発生する風を受けることで翼が回転し揚力を生み出す…というヘリコプターとは

異なる原理で飛行する。したがって停止位置からの垂直離陸はできない。


「戦艦はどうですかね…大和級以外の艦はやはり退役ということに?」


「だろうね…巡洋艦以下の艦はアジア諸国に売却することもできるだろうが、戦艦を

維持運用できる国は世界でも限られるからね」


椿と松島先任の話を聞いていた下西参謀長がため息をついた。


「理屈は理解できるんですが…軍艦が戦わずして消えていくというのは

さびしいですなあ」


「フリート・ビーイングという言葉があるね。艦隊は存在することで抑止力などの

意義をもつ…『艦隊保全主義』などと訳されるけど、今後の軍縮も少し意味合いが違うが

『艦隊が存在する』こと自体が意義をもつんだ。国のために戦って沈むのが軍艦の役割と

するなら、外交的目的の達成のため自ら消えていくのも同様の役割を果たすことになる。

海の底の軍艦は取引材料にならんからなあ」


「その役目は連合艦隊ではなく、まずは私たち特機艦が担うということですね」


「うむ…先ほども言ったが、ソ連の動きをにらみながらになるから、すぐ…にでは

なかろうが」


「ウラジオストック沖に押し出す…なんてことも考えられないことじゃ

ありませんからねえ」


マリアナ諸島、グアム島…


沖合に艦体を白く塗った日米の艦隊が、オーストラリア艦隊を間に挟んで停泊している。

島には輸送船が接岸して帰国する米軍将兵が乗り込んでいる。


「リリーさん、グスン、サヨナラですー。でも、いつかきっと日本に行きますー、グスン」


「リリーさん、僕のこと忘れないでくださーい…ウオ〜ン」


グアム捕虜収容所のアイドル、リリーこと従軍看護婦の小池百合子も涙を流しながら

彼らを見送っている。


「ギルバードもデリカットも元気でね〜。また会える日を楽しみにしてるわ〜」


彼らか、彼らの子孫がいつか日本に来てテレビジョンの人気者になるかは、

どーでもいいことだが…


かねてからの宣言通りに日本軍はグアムから撤退を表明、上陸した米軍指揮官への

返還手続きは両国の映画班の前で滞りなく行われた。


停戦…という、ある意味では不安定な状態の中ではあるが『戦争状態の終結』という現実は

着実に…外交交渉以上に速く進んでいく。


この状態を苦々しく思っていたのは、もちろんドイツとソ連であったろうが、オランダも

激しく抵抗した。


『わが国は戦争前への原状復帰と賠償の約束なしでは停戦に応じられない』と強硬に

主張したのだ。


本国の回復さえできていない現状でのこの主張に英米は業を煮やし、ついには

『英米はオランダ独自で行うオランダ領インドシナ…蘭印の回復を阻害しない』との一文で

強引に決着させた。邪魔も…手助けもしないから自分で好きにしろ…ということだ。


アメリカにとっては共産主義勢力の伸長がはげしく、欧米のみならず日本にまで

援助を求めているフランス領インドシナ…仏印の方がまだしも興味があるほどである。


最後の捕虜を乗せた船団を護衛する米艦隊と、内地に帰る将兵、軍属が乗る輸送船を

護衛する日本艦隊は砲火を交えることなくマリアナ沖をあとにした。


つづく

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