第百二十二章『決戦!絶対防衛圏…4』
『その日深夜、米空母群の対空レーダーは北北東から接近する多数の機影を
捉えた。日本機のレーダー波もキャッチされる…あきらかに夜間空襲を
行おうとしているように思われた』
『ただちに夜間戦闘機…F6Fにレーダーポットを取り付けたもの…が発艦、迎撃態勢に
入るがその数は計三十機ほどしかない。敵の夜間偵察機に備えるものだからもともと
配備数は多くはないし、仮に多数を上げたとしても誘導が追いつかず混乱を増すだけだ』
『レーダー画面が乱れる。日本機は昼間の攻撃と同様のレーダー撹乱兵器を使用した
らしい。緊張の数十分…だが、空襲が開始されることはなく、機能を回復した
レーダーが捉えたのは北方に帰っていく編隊だった。日本機も米艦隊を見失ったの
だろうか』
『一時間後、ふたたび編隊の接近が報じられ艦隊は対処に追われる…日本軍は
米軍を休ませるつもりはないようだ…そう、硫黄島から出撃する銀河の役目は
まさにそれであった。攻撃をかけるというより、偵察を兼ねて米艦隊を疲労させる…
緊張を強いられっぱなしの徹夜は人間の能力を大きく低下させる…それはミスに…
戦場では敗北と死に直結するのだ』
『しかし、手を打ったのは日本側だけではなかった。それは機器の故障で
編隊からはぐれた一機の銀河の電探が、いるはずのない場所に艦隊を捉えた
ことで発覚する。その銀河は、戦艦多数を含む大艦隊の位置を報告した直後
連絡を絶った。そこは日本艦隊から南に二百キロの地点…』
『われら…日本艦隊は混乱した。こちらにある選択肢は敵にもまた…ではあるが、
古賀大将から具申があり却下された戦艦部隊の突入作戦をこの時点で米軍が
とってこようとは…』
『敵艦隊はいったん西進してから北上してきたのだろう。一時海域を覆った
密雲を利用し、わが艦隊と米空母群とを結ぶ線を外れることでここまで発見を
まぬかれたのだ』
『急遽発進した偵察機使用の流星八機の内二機から、相次いで敵艦隊の
詳報が届いたのは三十分後であった。それは二つの輪型陣を形成しており、
ひとつはモンタナ級二隻とサウスダコタ級三隻、もうひとつはアイオワ級五隻を
それぞれ巡洋艦八隻、駆逐艦三十隻が取り囲んでいる』
『米軍は多数の空母や戦艦と並行して…いや、それ以上の精力を注いで膨大な数の
優秀な駆逐艦を就役させてきていた。護衛艦艇を失った戦艦部隊が日本軍の潜水艦に
もろくも沈められたギルバート沖の悲劇がよほどこたえていたのだろう』
『それにしても護衛艦艇が多い…おそらく空母が沈むか損傷して後退した甲、乙の
空母群から抽出して再編成をしたと思われる』
『敵艦隊の速度は二十五ノットであるから、もっとも遅い艦でも二十九ノットをだせる
わが機動艦隊が捕捉される危険性は少ない。間合いを取り、夜が明けてから航空攻撃を
かけることは充分可能だ。だが、その場合敵空母部隊から一方的に攻撃を受けることにもなる。
戦艦部隊を撃破できたとしても、こちらの航空戦力が尽きてしまうことになりかねないのだ』
『…各機動艦隊から戦艦が離脱し、戦隊を組むための運動を始めた。すりつぶしどきが
きたということか…夜間、敵が接近中という物理的、心理的な悪条件にもかかわらず
長きにわたる猛訓練はだてではない。約一時間で戦艦部隊の隊列は完成し南下を開始する』
『武蔵、大和、信濃、いせ、ひゅうが…大和級五隻が先頭に立ち、古賀長官の座乗する
陸奥、扶桑、山城…そして金剛、比叡、榛名がつづく。巡洋艦十二隻、駆逐艦三十二隻が
前衛および左右の位置につく…』
『戦艦数では一隻多いが、新造艦揃いですべてが四十センチ砲搭載の米艦隊と比べると
楽観できる要素はない。さらに、巡洋艦以下の艦艇はかなり劣勢である。開戦以来、つねに
局所的にせよ数的、質的優勢の状況で戦いに臨んできた日本海軍にとってまさに正念場だ』
『対空電探はかなりの数の機影を捉えている。個々の編隊の機数は少なく、
電探波を発しているところから夜間索敵機であろう。銀河隊からは敵空母群が
北上を開始したとの報告が入った。夜明けまで四時間あまり…そして、おそらく
日暮れまでにはこの戦争の決着がつく…』
『陸奥から報告…敵艦隊を発見、これより戦闘を開始する』
『両軍の攻撃隊がお互いに空母部隊めがけて進撃を開始したころ、そのほぼ
中間の戦闘海域で健在だったのは米艦ばかりであった。ただし、その数が
多くないのは海戦が決して一方的なものではなかったことを示している』
『最新鋭戦艦モンタナは沈没の恐れこそなかったが、上部構造物はめちゃくちゃに
され米艦のダメージコントロールをもってしても火災が完全には収まっていない。
姉妹艦オハイオは日本軍駆逐艦隊から六本の魚雷を受け撃沈された』
『アイオワ級はイリノイが沈没、アイオワ、ケンタッキーが大破して行動不能に
されている。ウイスコンシンは中破、ミズーリただ一隻が無傷であった』
『サウスダコタ級は敵の三十六センチ砲搭載艦と撃ち合ったためインディアナ、アラバマ、
マサチューセッツとも大破に近い中破…といったところで戦闘はともかく航行に支障は
ない』
『そして日本艦隊は…炎に包まれながらもいまだに浮いている二隻の大和級と
ボロボロになって、残存の巡洋艦、駆逐艦十隻あまりとともに後退していった
陸奥をのぞけばすべて海の底…であった。運命の一弾といった奇跡は起こらず、
数と性能、練度を総合した戦力の差が厳然とした結果をだしたのだ』
『破局は突然訪れた…ミズーリの長大な艦体の横腹に四本の水柱が上がる。
潜水艦!?…警報を発する間もなくモンタナとアイオワにも魚雷が命中した。
米艦隊は戦闘と溺者救助で陣形が大きく乱れていたとはいえ、対潜警戒は
怠らなかったはずだが…』
『日本海軍の秘密兵器…潜航可能深度三百メートル、水中航行速度二十ノット…
これまでの常識を大きくくつがえす新型潜水艦伊200型八隻がこの局面でついに
登場したのである』
『ミズーリ、モンタナ、アイオワ…そして最後に被雷したケンタッキーが
呆然とする米軍将兵の目前で次々と沈んでいった』
『わが日本艦隊上空に殺到しようとした米軍攻撃隊にも恐ろしい災厄が
待ち受けていた。プロペラのない…奮進式戦闘機百五十機あまりが襲いかかったのだ…
八百キロを超すその機体<閃風>に太刀打ちできる米軍機は存在しない。
第一波、四百機の米軍機は全滅同然になって逃走した』
『竣工して間もない七万トンの巨大空母<青龍>と<白鵬>が戦場に遅れて到着したのは
慣熟訓練の不足による不調と、ギリギリまで続けられた閃風の受領のためであった。
だが、その威力は戦局を一変させるに足るものであった』
『米空母群は機動艦隊の攻撃隊と、これまで隠忍自重してきたマリアナ基地から
発進した攻撃機に挟撃され壊滅する。戦闘用空母はすべて沈むか損傷を受け
後退を余儀なくされた』
『強力な日本軍兵器の出現という現実を前に、護送空母と五百機を切った航空戦力、
激減した水上艦艇だけではマリアナ攻略は不可能と判断した米艦隊はついに作戦を中止、
撤退を開始する』
『わが方の損害は甚大であった。しかし絶対防衛圏を死守したこの戦いは歴史に
大きく刻まれることになるだろう。ヨーロッパ戦線、ソ連の動向を見た合衆国が
わが国からの和平の打診に応じたのはまもなくのことであった』
…以上、この世界の未来に書かれる…かもしれない…架空戦記『決戦!絶対防衛圏』の
一節である。
マリアナ沖海戦は………なかった。
1945年四月十日…大日本帝国と米英両国および英連邦各国は停戦に合意、
引き続き『休戦条約』の締結交渉に入ったのである。
つづく
途中でネタばれだったかもしれませんね。『なかった』戦いですが、やはり触れておきたかったんです。作者の道楽に四章もお付き合いさせ、すみませんでした。物語もそろそろ先が見えてきました。もう少しだけこの世界の行く末をご覧になって下さい。