第百十九章『決戦!絶対防衛圏…1』
『1945年四月十日の早暁…われわれが乗り組んでいる空母赤城以下の
大日本帝国連合艦隊、第一機動艦隊はマリアナ諸島、サイパン島の北北西
百五十キロの洋上にあった』
『米太平洋艦隊は三月下旬から行動を開始した。初めにわが潜水艦隊の哨戒網に
かかったのはソロモン海から北上する大輸送船団であった』
『その後の索敵により、二百隻を越える輸送船が約二十隻の護送空母を含む
五十隻以上の艦艇に護衛されていることがわかった』
『次に、ハワイ方面から五百隻を越える輸送船団が、やはり多数の護衛艦艇を
ともなって西に向かうのが発見された』
『そして、ついに太平洋のアルマダ…無敵艦隊が姿をあらわす。情報を総合すると、
エセックス級空母十五隻、インディペンデンス級軽空母六隻を中核とする
大機動部隊である。その搭載機は二千機近くにおよぶだろう』
『さらに機動部隊の後方には三十隻程度の護送空母の群れが付き従っている。
一千機の補充機が用意されているわけである』
『戦艦はサウスダコタ級三隻、アイオワ級五隻、そしてのちにモンタナ級と
判明する巨大戦艦が二隻確認された』
『巡洋艦以下の艦艇も、米国がその工業力を惜しみなく注ぎ込んだ新鋭艦ぞろいで
あることが予想される。戦闘艦艇だけで三百五十隻…全体では一千隻を越す大艦隊が
めざすのは、わが国の絶対防衛圏であるマリアナ諸島であることがほぼ確実とされた』
『マリアナ諸島に一大航空基地をつくり、超重爆B29の群れでわが国の産業をつぶし
継戦能力に致命的な打撃を与える…それが米軍の戦略であることはわれわれもよく承知
していた。もしもそのような事態にいたればわが国の滅亡は避け難い…たとえ滅亡を
免れたとして、待っているのは『飼い犬』としての生存でしかない。ゆえに、われらは
この戦いに負けることは許されないのだ』
『敵は必要以上の秘匿行動を行わなかった。持てる力を結集して正面からわが軍に
挑もうとしているかに見えた』
『作戦会議では、敵の輸送船団を攻撃して上陸の企図をくじいては…という
意見も出された。しかし、米軍がギルバートでの失敗を繰り返すとは思えない。
わが海軍との戦いに決着がつくまで、輸送船団をマリアナに接近させることは
ないだろう…敵もまた必死なのだ』
『輸送船団攻撃のために戦力を分散することは、主力の決戦に悪影響をおよぼす。
基地航空隊、艦隊の全力を結集して敵艦隊を迎え撃つ。日露戦役のあと海軍の
最大の仮想敵が米国とされて以来、長きにわたり対米戦略の基本であった邀撃作戦が
ついに行われようとしているのだ』
『作戦行動は本土および各島嶼の基地航空隊による一大対潜戦闘によって開始された。
対潜哨戒機『東海』の群れが本土からマリアナ諸島、とくに小笠原諸島から硫黄島に
かけての海域にひそむ敵潜水艦を徹底的に狩り出そうとした』
『敵艦隊の動きに合わせ、各地の泊地から連合艦隊の艨艟が続々と出撃する。
その中には…艦も人も…二度と戻らぬ者が少なくないだろう。いま自分達が
はなれた国と、そこに暮らす人々を守るため彼らはゆく』
『戦いは昨日…四月九日、マリアナ諸島に対する米軍機の空襲で幕を開けた。
同時に両軍の索敵機が海域に機を織るように飛び交ったことはいうまでもない。
米艦隊の配置が基地航空隊によってかなりつかめていたのは、われらの
アドバンテージであった…むろんかなりの犠牲を払った上でだが…』
『サイパン、テニアンの両島には陸海軍合わせて千三百機の航空機があり、
半数以上の七百機が戦闘機であった。対重爆用の双発機、夜間戦闘機の屠龍や
月光をのぞいても陸軍が飛燕を二百五十、海軍が烈風を三百配備してあった』
『両島には、二百五十ずつ三波の攻撃隊が押し寄せた。一日でのべ千五百機に
およぶ大空襲である。米軍が日本艦隊を無視していたわけではない…索敵により
攻撃圏内に日本艦隊がいないことを確認しつつのことである』
『米軍機の第一波はほとんどが戦闘機で構成されていた。敵も戦訓により
進化している…二年前のトラック沖の愚は繰り返さないのは当然であろう。
そして、その機種も艦載機としての欠点を改良されたF4Uコルセアが
主力を占めていた』
『飛燕と烈風の性能はグラマンF6Fヘルキャットには優位であったが、コルセアとは
ほぼ互角である。搭乗員の練度でもヨーロッパ戦線で経験を積んだ米軍パイロットの
技量は侮りがたく、やはり伯仲していた』
『それでも若干の機数の有利と、基地の近くという地の利を生かして第一波の
敵戦闘機部隊…両島で五百機…には大打撃を与えて追い返すことに成功した。
わが軍の未帰還機七十、損傷八十に対し米軍機の撃墜百二十、撃破多数というもので
ある…米軍の記録では未帰還百十、損傷や着艦事故で再出撃不能になったものが
九十機となっている』
『第二波は戦爆連合…と思われたが、またしてもほとんどががF6Fであった。
敵は徹底してこちらの迎撃陣をつぶそうとしていたのだ。この五百機があらわれたとき、
サイパン、テニアンの上空には友軍戦闘機も五百機近くが頑張っていたが、
燃料はともかく機銃弾はかなり心細くなっていた』
『この戦いが双方同程度の損害…未帰還八十、ほぼ同数の損傷機を出して終わったときには、
沖合五十キロにある警戒駆逐艦の電探が接近しつつある次の攻撃隊を捉えていた』
『第三波は空中でくい止めることはできず、島の上空への侵入をゆるすことと
なった。米軍もまた勇敢であり、猛烈な対空弾幕をものともせず飛行場に
殺到する』
『両島には三カ所ずつ、六つの飛行場があり、すべての基地機能がうばわれるには
至らなかったが、掩体壕に移動しきれなかった機体の多くが地上で撃破されてしまった』
『この日の戦いはそれで終わった。米軍の中では戦艦部隊による夜間砲撃も検討された
ものの、わが潜水艦の攻撃を懸念したのか結局見送られた。米軍の対潜戦術は
相当に強化されていたが、発生する可能性もある戦艦同士の艦隊決戦の前に
少しでも戦力が削られるのを恐れたのであろう』
『そのかわり、敵艦隊は一時マリアナから遠ざかり、護送空母からの補充を
おこなった。約四百機という膨大な喪失機もたちどころに埋められ、新鮮な
戦力をもって翌日の戦闘に臨むことになる』
『この四月九日の戦いは日本軍にとっては不本意なものであった。本来なら
基地攻撃にかかっている米艦隊を、わが艦隊が横合いから攻撃するのが理想である』
『だが、ここ数日というもの本土とマリアナの中間を強い低気圧が通過していた。
その春の嵐は、戦艦や空母はともかく駆逐艦などは艦隊運動に困難をきたすほど
強烈なものであった』
『ようやく日本艦隊が、余波の収まりきらぬ太平洋上で所定の位置についたときは
予定を丸一日オーバーしてしまっていたのだ。かくなる上は正面きっての
死力をつくした戦いに挑むしかない』
『かくしてこの四月十日、マリアナ沖海空戦の第二幕が切って落とされようとしている。
日米両国の命運をかけた未曾有の規模の大海戦が…』
つづく
前章までとの脈絡も無く、唐突に『決戦』が始まってますが、あまり気になさらないでください。気にすると、あとで怒ることになるかもしれませんから…