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第百十六章『あの娘は〜どこ〜の娘』

「合衆国市民はこの二週間というもの、極度の睡眠不足におちいりました」


太平洋上および北米大陸の空に、邪悪な風船がいないことが確認された日の

アメリカの白い家である。


「この攻撃による人的被害は今のところ死者が三十一名、負傷者が二百十五名です。

直接爆発に巻き込まれたというより、山火事…現在も各地の山林でつづいているが…の

消火活動中に死傷したものがほとんどです。あとは気を取られて立ち木に車を

ぶつけたとか…」


「最終的な集計はまだですが、洋上で航空機および艦船の砲火で撃墜したものが

約一万個、海岸線を越えられてから安全な地上の上で落としたものが約三千個です」


「爆発は確認されたものだけで千五百カ所以上…おそらくその数倍はあったと

思われます」


「物的被害としては山林がほとんどですが、家屋も三十戸ほどが火災にあっています。

何よりこの二週間の生産指数が西海岸を中心に、その前の二週間と比べると

三十パーセントも下落したことが、もっとも大きな被害といえるかと」


『私の支持率もそれくらい落ちたかもしれんな…』


ルーズベルトは手にした写真を見つめた。のんびりと空に浮かぶ風船…だが、それは

まぎれもなく悪意をもって合衆国に押し寄せた兵器なのだ。


「これはジャップのものなのだね」


「はっ、研究者によりますと気球に使われているのは『ワシ』という日本独特の

紙だそうです」


「紙の…風船にこの合衆国が悩まされるとはな」


「ですが、それゆえにレーダーでの探知が困難です。今回も夜間の阻止行動は

ほとんどできませんでした」


「非常に気になるのは、いくつかの湖…飲料水の水源としているものですが、

そこに落下したという情報が入っています。もしも、これが爆弾ではなく『生物兵器』…

病原菌の入ったカプセルだったりすれば大変な脅威となります」


「だが、わからんのはこのちゃちな風船がどこから飛んできたか…だ。

ジャップの船が西海岸沖にずらっと並んで飛ばしたとすれば、わが軍の哨戒態勢は

いったいどうなっているのかね。それとも日本から直接飛んできたとでも…」


あたり! なのであるが、ジェット気流の研究が進んでいないこの時点で

答えられる者はいなかった。


「情報統制が不十分でしたので、日本はこの攻撃が効果ありと判断するでしょう。

艦船と航空機をはじめ西海岸の防備を強化しませんと」


「そんなことはわかっている。聞きたいのは、ヨーロッパでの必要を満たした上で

合衆国の安全を確実にするための人員と資材の配備にどれだけ時間がかかるかだ。

十日かね? 三日かね? それとも今日の日没まで?」


「だ、大至急の検討の上ご報告します」


情報がおおやけになって以来、合衆国市民はあらためて戦争を実感した。

ことあるごとに空を見上げ、恐ろしい災厄をもたらす…当局の否定にもかかわらず

尾ひれのついたうわさの方が信じられていた…風船が浮かんでいないか

確認するのだ。


どれほど確率は低くとも、それが頭上に降ってくれば死に結びつく…

空が見えず、防空活動もできない夜間はとくに恐怖だった。

それは航空機のような爆音をたてることもなく静かにしのびよってくる…

夜空をなめ回すサーチライトは、かえって人々の恐怖をあおることになった。


『爆弾が積めるなら、兵士を乗せることもできるんじゃないか!?』


無責任だけど、それなりに説得力のあるうわさが一昨年の六月…魔王艦隊の

ハワイ攻撃のあとのパニック…ほどではないが騒動を各地で起こした。


こうして約二週間の眠れぬ夜がつづいたのである。


東京、総連会議室…


「世界初の大陸間兵器は、満足できる成果を上げたようですね」


「椿さんの言われたように、アメリカを精神的に疲れさせ、自国の防備に

多大な人員や資材を費やすようにさせれば成果は充分でしょう」


「あと二万発が残っていますが、これは…?」


「忘れた頃に飛ばしましょう。いまは必死で警戒してるでしょうが、かならず

緩む時期がきます。そこを衝けば、またしばらく効果がつづくでしょうからね。

十一月初め頃…かな」


「屠龍と月光の二型は夜戦型を含め北海道に百六十機が展開しました。

とりあえず、これでアリューシャンのB29には対処できると思います…

そういえば、敵信傍受班がアッツ島で米機が風船爆弾を迎撃するさいの

交信を傍受しました。気流の関係でたまたま流れていったものと思われますが

期せずして先日の空襲にお返しができたようですね」


椿は、この風船爆弾をわりと気に入っている…『色もの』なことはたしかだが、

自軍の損害を少なく…理論上はゼロ…敵に打撃を与えるという点では満点の兵器である。


実際は製作過程で二十人を越す殉職者と多数の負傷者を出している。

コンニャク糊の溶剤に使う水酸化ナトリウム(劇薬)によるものが大部分だが…


コストパフォーマンスという面でも、直接的な破壊の戦果はともかく

ある程度の数を揃えることで、心理的な効果は充分ペイできるからだ。


人命を無視した…かのように見える史実の多くの作戦の中で、異色な存在である。


なお、椿は択捉と樺太の防衛のため、それぞれ百機ずつの月光…内二十機は

電探装備の夜戦型…を出現させた。


二百機の機体と四百名のA級搭乗員および整備兵、予備部品、K信管付きの

奮進弾など一式で一億五千万ポイントを使った。


残は百六十億二千九百二十四万四千七百五十ポイント…である。


「ところで椿閣下、以前からお話のあった『国土防衛部隊』ですが、工兵隊の

士官を中軸にした編成で三個大隊が訓練に入っております」


これは空襲などで被害を受けた地域の救助を効率的に行うため…という名目で

椿が編成を求めていたものである。


「それはよかった。わが国は世界有数の『自然災害大国』ですからね。

台風や地震による災害の復旧には組織力において、軍隊に勝るものはありません。

それに特化した部隊を用意しておけば、敵の攻撃による被害への対処でも

有効ですから」


『国土防衛隊』は予備役兵…一線の戦闘力としては落ちる…を中心に構成されるが、

ブルドーザーなどの土木機器を多く備え、テントや食料なども豊富にもつ

『災害救助部隊』なのだ。


「先日のB29の空襲がきいたようで、各地で編成を求める声がでています。

とりあえず、いまある三個大隊は椿閣下のご指示通り東海から中部地方に

配備してあります』


「それで結構です。銃後の国民の安寧は、けっきょく前線を支える力となります。

各地からの要望にはできるだけ応える方向でお願いします」


日々やらねばならない『雑務』は多い。米海軍の太平洋艦隊との決戦が

いつくるのか、ときとして意識の外に出てしまうほどに…


つづく





章タイトルの『娘』は『こ』と読んでやって下さい。とくに意味はありませんが…

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