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第百十五章『西の国から』

アメリカ合衆国、白い家…


「大統領閣下、クリル列島に対する攻撃は大成功です。エトロフにつづき

シムシュ(占守…カムチャッカ半島に対面する千島北端の島)でも日本軍の

抵抗は微弱で、爆撃隊は一機の喪失もなくアッツ島に帰還しております」


自慢げに報告するのは陸軍航空隊のヘンリー・アーノルド大将である。


「今度という今度はジャップも合衆国の力をおもい知ったことだろう」


「はっ、その後は天候が悪化しまして、サハリン(樺太)やホッカイドウに対する

攻撃は実施されておりませんが…」


「無理をすることはない。これまでの成功で作戦の目的は充分果たされている。

で、奴らの反応はどうかね?」


「ラジオ放送の傍受によりますと、損害をそのまま公表していると考えられます。

報復をにおわせているのはトーキョーを空襲されたときと同様ですが」


「…ハワイの防備は万全と思ってよいのだろうね?」


この問いは、この場にいる軍関係者すべてに対して発せられたものであろう。

ドウリトルのトーキョー空襲のあとのハワイ壊滅を忘れるわけにはいかない。


「ハワイには、オアフ島を中心に千五百を越える航空機が展開しております。

日本海軍の空母部隊の接近を許すことはありません」


「よろしい。敵艦隊がアリューシャンに近づくようなことがあれば、すみやかに

要員を撤収したまえ。合衆国市民の生命は微々たる領土よりはるかに貴重だからね」


その場の全員が、この茶番に黙ってうなずく。現時点では海軍力の力関係で

アリューシャンの防衛が不可能なことはたしかだ。前線拠点のすべてを

ハワイ同様の大戦力で固めるわけにもいかない。


ただ、この作戦がオーバーロード作戦の長期化で合衆国海軍のほとんどが

ヨーロッパにしばりつけられており、太平洋での作戦が当面不可能なことから

起こされたものであることも周知の事実であった。


フランスの連合軍はじりじりと前進しているが、当分の間は海軍の全面的支援が

必要であったからだ。


ともあれ、B29の圧倒的性能は合衆国指導部に戦争の前途に対して明るい見通しを

与えたことはたしかである。


だが、それは十日ほどしかつづかなかった…

サハリン(樺太)北部の油田地帯をねらった第三回の出撃は惨憺たる失敗に終わる。


B29はオホーツク海上空で八十機の日本軍機に迎え撃たれた。


一万メートルの高空で六百キロを超える速度を出す双発機の群れは

ロケット弾と二十ミリと思われる大口径機銃をもって爆撃機を殺戮した。


損傷し高度を保てなくなった機体には、中高度で待ちかまえる

別働隊の単発機…主に陸軍の飛燕だった…が襲いかかる。


四十機中、十五機が脱落した時点で指揮官機は作戦を中止、帰投を命じたが

アリューシャンの基地に帰り着いたのは十八機に過ぎなかった。


日本軍が撃墜を確認したのは十三機であったから、残る九機は帰途で

不時着水…行方不明となったのだろう。


超長距離の航空攻撃にはこの危険性がつきまとう。史実の日本空襲でも

直接撃墜されるより、マリアナまで帰り着けない損傷機が問題になった。


そのために硫黄島を占領したり、コース上に多数の潜水艦を配したりして

乗員の救助態勢づくりに多大な努力が払われたわけだが。


B29を撃墜可能な高高度戦闘機を日本がもっていることは米軍には衝撃だった。

アリューシャンからの日本空襲は『所期の目的を達した』として終了する。


そして八月…


最初にそれを発見したのは、アメリカ西岸の沖合をパトロールしていた

沿岸警備艇の見張り員だった。


「気球のようですね…高度は五千といったところだから……直径は

十メートルくらいでしょうか」


それは折からさし始めた朝日を浴びて白く輝いている。


「何かの観測用かな? とくに連絡は受けていないが…あいつはレーダーには

反応しないのか?」


「微かなノイズが入ってますけど…言われなきゃわからないですね」


「……!? 見て下さい。あそこにも見えます…いや、あっちにも」


気がつけば、それは空一面に姿をあらわし、東へ…アメリカ西岸に向かって流れていく。

はるか東の空にも見えることから、いま来たわけではなさそうだ。夜のうちに

どれだけの気球が頭上を通っていったかわからない。


サンフランシスコ郊外…夜勤明けの職工が車に乗り込もうとしてそれに気付いた。

そして、それから何か小さなものが落下すると倉庫のそばで爆発し、火災を

起こすまでの一部始終を目撃した。


客観的に見て、それは大爆発ではなかった。十キロの爆弾一発と五キロの焼夷弾二発が

引き起こしたものだから、各地の戦場…ヨーロッパの都市にばらまかれてる

二百五十や五百キロ爆弾といったものに比べれば、きわめてささやかなものである。


だが、ここは不可侵の地、アメリカ本土なのである。

振り仰いだ空に別の気球が飛んでいるのを見つけた職工は、当然のことにパニックを

起こし事務所に駆け込んでいった。


『ふ号作戦』…風船爆弾見参…である。


一万二千メートルの高空を西から東へふいている偏西風…ジェット気流を利用して

米本土を攻撃できないかという研究は1930年代初めから行われてきた。


当初は陸海軍で別々にされていた研究だが、陸軍側に吸収される形で一本化された。

『御使い』椿が強く押したこともあって、準備は開戦前からかなりの規模で始められた。


和紙をコンニャク糊で張り合わせた気球に水素を詰め、三十キロほどの爆弾や焼夷弾を

つり下げて飛ばす。高度は水素の放出とバラストの投下で調整して、二〜三日で

米本土に到着させる。あとは時限装置で爆弾を投下する…シンプルな見かけとはうらはらに

かなり高度な技術の集積物である。


偏西風は季節によってかなり流れを変える。夏は日本よりかなり北を流れるので

無理だとされていた。秋…十一月頃からが作戦実施時期のはずであった…が。


この年は流れがやや南下しており、北海道、千島からなら実施可能となったのだ。

本土近海の輸送路の安全が保たれているおかげで、本州にあった実施部隊および

物資の移動はすみやかに行われた。


開戦前からコンニャクを品薄にして製造された風船爆弾は史実のおよそ十倍…

十カ所の放出地点から十日間をかけて約十一万発が太平洋を東に向かった。


北米大陸に到達した風船爆弾は、史実では一万発のうちの三百〜一千発とされている。

この世界の日本の技術レベルを反映して、上記の数字の高い方…十パーセント強…

一万二千発が押し寄せたわけである。


広大な大陸とはいえ、情報統制のために『目撃者の口を塞ぐ』ことができるような

数ではなかった。


つづく

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