表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/127

第百十三章『Dディ、ていっ!』

1944年、六月十日…


「…連合軍の橋頭堡は、まだ維持されてるわけですね」


「はい、それほど広がってもいないようですが」


Dディ…オーバーロード作戦による米英連合軍のフランス上陸作戦が

開始された日から一週間がたった。


遠い日本からでは、その詳細を知ることはできないが、どうやら史実を

はるかに上回る激戦が繰り広げられているようだ。


大規模な『敵前』上陸作戦は歴史上に例は多くない。


制海、制空権を確保して、小さな島嶼に攻め込むならともかく…

それですら、史実の日米戦において米軍の上陸部隊が大きな損害を

こうむっている。


ましてや広い後背地をもつ大陸に、海を越えて侵攻するというのは

相当な難事である。


この世界では42年の『ディエップ奇襲作戦』は大失敗、イタリアのサレルノでは

抵抗が微弱だったので成功したが、アンツィオでは海にたたき落とされている。


日本軍はいくつかの上陸作戦を成功させているが、レイテ島やグアム島のように

彼我の戦力が隔絶していたり、蘭印でのように防衛側の不手際や戦意の低さに

助けられた面も多い。じっさい、ラバウル攻略戦では米軍の反撃でかなりの損害も出した。


ノウハウの蓄積が少ないため、いくらシミュレーションを重ねても

手探りの部分がどうしてもでてくる。


オーバーロード作戦の場合、せまい英仏海峡を挟んでイギリス本土という

策源地があるのが救いだが、海を越えるという困難はやはり大きい。


そして守るドイツ軍は、椿の知る史実のそれよりもはるかに強大であるはずだ。


両軍共に齟齬や錯誤は数えきれないほどあったろう。英仏海峡とノルマンジーおよび

その周辺のフランス沿岸は、人間だったものと兵器だったものの残骸で埋め尽くされて

いるものと思われる。


「上陸作戦は成功したとみていいんでしょうか?」


「微妙ですね…橋頭堡が広がらないということは、大規模な揚陸が安全に行えないと

いうことですから…いずれにせよ、ここ一両日がヤマでしょう」


戦闘はそんなにぶっつづけで行えるものではない。一週間も形勢が伯仲したまま

続いてることは驚異といっていい。


日本にとって興味があるのは、作戦に参加した連合軍…米軍の艦艇の

損害状況であるが、この時点ではむろんわからなかった。


結論からいうと、上陸支援にあたった戦闘艦艇にはほとんど被害がなかった。

大型艦では英戦艦の『ロドネー』が空襲で中破したぐらいで、あとは海岸に

接近した駆逐艦が沿岸砲台と撃ち合って一隻が沈没、三隻が損傷をうけた

だけである。


これはドイツ軍の攻撃…空襲が上陸用舟艇や揚陸艦、輸送船に集中した

ためであった。


そのことが上陸後の停滞をもたらしているとすれば、目標の選択は

正しかったといえるかもしれないが…


上陸作戦が開始されて二日め、ロンドン市街中心部で大爆発が起こった。

何の警報も出ていなかったため市民の混乱ははげしかった。

爆発はこの日だけで三十回近くにおよんだのである。


A4ロケット…V2号の来襲が始まったのだ。V1号とは次元の違う兵器…成層圏から

音速を超えて落下してくる弾道弾を防ぐ術はない…発射基地をつぶす以外には。


「南ドイツが大規模な空襲を受けました。南方への警戒が手薄だったとみえて

相当な損害がでたようです。アフリカから重爆を飛ばしたらしいですね」


やられたらやりかえす…鉄と火の応酬はまだ当分続きそうだ。


ところで、この六月の一日にはアジアの新しい国家が誕生している…

『マレーシア』である。


中核となる大きな独立組織がなかったため、かなり時間を要したが

なんとか『独立準備政府』の創設までこぎ着けた。


シンガポールはマレーから離れ、中国系や英国系の住民を中心に

『自由港』として存続を模索することになった。将来的には

独立も視野に入れているが、当面は有償で港湾設備を貸している

日本からの収入がたよりである。


「これでアジア諸国は仏印を除いて独立がかなったわけですな」


「筋道がついた…というべきでしょうがね。経済的な自立や国内の

少数民族の扱いなど、課題はまだまだ多いですよ」


現時点でいちおう日本の勢力圏にあるとはいえ、これらの国々の行く末は

さしあたってこの物語の本筋とは関係がない。


この戦争の結果によっては、『取り戻し』にきた旧宗主国との間に血みどろの

闘争が展開されるかもしれないが、それはまた別のお話…である。


「本土と南方各地の輸送はほぼ計画通りです。敵潜水艦による損害は

許容範囲に収まっております」


「その代わり…と言ってはなんですが、敵潜に対する戦果も減少気味ですね」


「高性能の電探を装備するようになったらく、逃げ足が速くなっています」


米潜水艦は開戦以来これまでに、百隻近くが撃沈(確実)されている。

史実のそれが戦争全期間で五十隻だったことを思えばえらい違いである。

通商路の保全という海軍の本分は、ここまでのところ充分に果たされていると

いっていいだろう。


「米軍の対潜戦術も向上しているようで、わが潜水艦の損害も増えています。

先週にはアリューシャン方面で二隻が相次いで消息を絶ちまして、再配備を

急いでいるところです」


この世界では日本軍のアリューシャン列島への進攻はなかった。したがって米軍の

反攻による『アッツ島沖海戦』や守備隊の玉砕、『キスカ島、奇跡の撤収作戦』も

起こっていない。


「椿閣下は米軍の攻勢を今年中盤以降と予想されましたが、今後のフランスでの

戦況次第ということにもなるんでしょうね」


「はい、連合軍の作戦が成功してフランスに地歩を築ければ、艦艇は

御用済みになります。回航と整備、補給を考慮して、早ければ三か月後には

太平洋が正面になるでしょう」


「九月か十月…ですね」


「ただ、そう一本道にいくかどうか…ソ連のことも含めて、現状はわたしの

予想より錯綜しています。想定外の事態が起こる可能性も大きいですよ」


「………?」


総連のメンバーは一様にその先を聞きたかったようだが、椿は何も言わなかった。

椿にもわかっていないのだから…


つづく







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ