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第百十二章『そんな先のことは…』

アフリカ大陸北西岸、モロッコの都市カサブランカ…


はるばる大西洋を渡ってきた合衆国大統領と、中東への増援、補給部隊を

見送りにきた英国首相との会談が行われている。


「お疲れではありませんか首相、ナチのロケット攻撃は収まったようですが」


この時期、ロケットとジェットの区分けはまだはっきりしていない…


「弾を撃ち尽くしたんでしょう。彼らの攻撃は派手だが底が浅いのです。

フランスにあった発射基地もいくつかつぶしましたし」


強気と皮肉は健在だがチャーチルの表情には憔悴の色が濃い。

こんな時期に新たな戦線を抱えることになったのだから無理もないが。


「スターリンは『療養中』とのことですが、『代行者』どもの暴走を

止められなかったのですかね」


ルーズベルトの問いに、『わかってるくせに』とでもいいたげな口調で

チャーチルが応える。


「やつが『療養中』ならヒトラーと手を組むことはなかったでしょうが…もちろん、

おもてだって独ソが講和したとも、同盟したとも言ってませんが…」


「我ら民主主義国家にとって、ナチの次には共産主義との対立が不可避だった

かもしれませんが」


そう、あくまでそれは『次』の予定だったのだ。


「イラクにはモントゴメリーをやります。人がいないな…と言われそうな人事ですが、

中東の事情には多少詳しいですし、対独戦での汚名返上のために頑張るでしょう。

少しは働いてもらいませんとね」


「しばらくはイラクの防衛のみ…ということですな」


「ええ、送り込めるのがオーストラリア軍を中心に二個師団ほど…シリアにいる現地の

部隊を合わせても四個師団弱…とてもイランを取り戻すところまではいきません。

それでもオーストラリアが日本との停戦による見返りで、兵員をこちらに増派して

くれていて助かりました」


ルーズベルトは胸の中出で舌打ちした。


中東にはアメリカの石油企業もかなりの資本を投下している。

その権益保護のための行動を、すぐにはとれないことは腹立たしいには違いない。

だが、この場合チャーチルが言外に『対日講和…少なくとも停戦』を打診した

ことの方がムカついたのである。


現実主義かつ人種差別主義者であるチャーチルにとって、日本はそれこそ

次か、その次につぶせばよい存在である。アジア各地域では黄色人種どもが

猿真似の国家造りを行っているようだが、かんたんにうまくいくわけがない。

国家やブロック経済の構築にはどれだけの時間とノウハウの蓄積が必要だと

思っているのだ。


混乱し、破綻したアジアにわれらがおもむき指導してやるのはまだしばらく

さきでよい。とにもかくにもナチをつぶし、欧州の安定を取り戻すことが先決だ。


合衆国をして世界帝国たらしめようとする大統領の考えは違う。


科学技術、工業水準、生産力のいずれでも世界に冠たる合衆国が市場を

支配するのは当然であるが、英国などを中心とするブロック経済の壁を

突き崩すのは容易ではない。


多少幼稚であろうと、アジアに日本を中心とするブロックができた場合、平和裏に

その壁を取り払うのには相当に苦労するだろう。


戦争はその手間を省略する最適の手段である。なにより、いまの日本は

飼いならそうとするには危険過ぎる存在なのだ。


そしてルーズベルトはいそいでいる…


まだ同盟国にも明らかにはできないが、軍事的にドイツや日本を粉砕する『手段』の

準備も着々と進んでいる…妥協する余地はどこにもないのだ。


チャーチルが話を進める。


「ローマはようやく解放できましたが、『モンテ・カッシーノ』でだいぶ時間を

稼がれてしまいました。修道院ごと山ひとつ陣地にするとはナチの罰当たりも

きわまれりですな」


「さすがにローマでの市街戦は避けたようですが、北イタリアに相当な規模の

陣地群を築いていますから、簡単には突破できんでしょう」


「連合軍司令部の一部でで話が出ていた、陽動のためのバルカン半島での戦線構築は

ソ連がこう出てきた以上問題外…」


この会談は、米英がこれからとる選択肢が多くないことを再確認するためのものの

ようであった。


ルーズベルトは声明に枢軸国、日本との講和は『無条件降伏』以外は受け付けないとの

文言を入れたがったが、チャーチルの時期尚早との主張にひとまず折れた。

対ソ連については、なお交渉の努力をすることとし、宣戦布告は見送られた。

現時点では援助を打ち切る以外に、できることがたいしてないからである。


東京、早稲田…


「たとえ死んだとて〜だれが弔う〜」


「……それ歌でございますか? たいそう縁起が悪そうですが」


女中のセツが、椿の腰を揉む手を休めてあきれたように聞いた。


「あ、口に出てたか…いや、『ザ、ロンゲストデイ』というむこうの歌なんだがね」


映画『史上最大の作戦』の主題歌にはこんな日本語の歌詞がつけられたのだ。


『…太平洋での米海軍の動きはない。やはりこっちは後回しか…』


米英が対独戦を優先して専念するのなら、いちおう高みの見物をきめこめる立場だし、

日本軍の戦備向上の時間もとれるのは悪くないのだが…どうもおちつかない。


『史実とのずれがどこまで広がるか…って、ミッションのけつが切られてる

わけだしな。はたして期限内に戦争が終わるのかいな?』


今回のミッション…対米英戦争において、1945年までに無条件降伏以外の

結末を迎えること…


自分で決めたことながら少々心配になってきた…それなりに『手段』や『手順』の

候補は考えちゃあいるけど…などと言っているうちに、この世界は44年の六月を迎える。


つづく



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