表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/127

第百十一章『木綿のハンカチーフ』

章タイトルは例によって、勢いでつけてますから深読みしないでください。

「裏切り者のアカめ………」


英首相チャーチルの罵声の後半はサイレンの音でかき消された。

絶えて久しかった空襲警報が、夜のロンドンに鳴り響く。


「ドイツ機多数がこちらに向かっています。地下壕に退避なさって下さい」


緊急事態をつたえる秘書官の声を聞いて、チャーチルは逆に落ちつきを

取り戻したようだ。悠然とした顔をブルック陸軍元帥…ソ連軍侵攻を報告に

きていた…に向けた。


「わが空軍の防衛体制は完璧であると思うがね。ナチの空襲が久しぶり過ぎて

手順を忘れたりしていなければ…の話だが」


ブルックも落ちついた声ではあるが、別の感想を述べた。


「これはソ連と歩調を合わせての攻撃ということでしょうか?」


もう一人秘書官が駆け込んでくる。


「夜間戦闘機隊が迎撃しておりますが、ドイツ機はかなりの高速で捕捉しきれない

可能性が高いとのことです。避難をお急ぎ下さい」


「………わかった。執事にもう一杯紅茶を入れるように言ってくれ」


英本土防空司令部は混乱していた。レーダーが捉えた輝点は編隊のものではない…


「単機の高速機…偵察機か?」


だが、その数は増えつづけ、やがてスコープは百機以上がばらばらにロンドンに

向かってくるのを示すようになった。


迎撃に発進した夜戦型のモスキートがその一機を捕捉した。


「なんだ…こいつは? ジェット機…いや、操縦席らしいものがないぞ」


モスキートは六百五十キロで飛行する『それ』の撃墜に成功する。

しかし、あとからあとからやってくる『単機の大部隊?』に防衛側も

バラバラの対応を迫られ手が回らない。


ロンドン上空に達したそれはエンジンを停止して落下、八百キロの弾頭が炸裂する。

ドイツが開発した、世界初の地対地ジェットミサイル『V-1号』…

それ以降六日間にわたりイギリス本土に落下することになった、二千四百発の

V-1号の第一発めである。


東京、総連会議室…


「無人のジェット爆弾ですか…さすがにドイツですなあ。次々と新兵器を繰り出して

くる」


「次はもっと強烈かもしれませんよ」


「椿さんが言うと大げさに聞こえないから怖いですな」


…V-1号の投入が二か月は早い、それも数を揃えて一気に撃ち込んだから

衝撃も大きい…ドイツの体力にはまだ余裕がありそうだ。

イギリスが対応策を整える頃にはおそらくあれが…


いや、いまはそれよりソ連軍の動向を検討しなくてはならない。


「満州とソ連、モンゴルの国境および沿海州での、ソ連軍の大きな動きは

確認されておりません」


「現時点ではペルシャ…ええと、イラン王国でしたか…への進攻だけという

ことですか」


『ペルシャ』は西欧からの呼び方で、当地の住民は昔から『イラン』を名のっている。


なにせ遠隔地であるし、情報はほとんど入ってこない。BBCなどの放送から

推測するしかないが…ソ連軍は四月一日の未明にカスピ海東岸の

トルクメニスタンから国境を越え、イラン北方に横たわるエルブルズ山脈にそって

西進、首都のテヘランに迫っているらしい。


一部の部隊がインド洋に向かって南下してるという情報もある。

それが本当なら、その進撃はまさに無人の野をいくがごとし…だろう。

イラン東部は極度の人工過疎地であり、文字通り人がほとんどいないから。


当地の英軍はもともと大兵力でない上に、カスピ海西岸のアゼルバイジャン…

バクー油田のある所…にいるドイツ軍および、動向があやしい親ドイツのトルコに

備えるため、テヘランから西方にかたよって配置されていただろう。


ソ連軍の規模はまだわからないが、おそらく支えきれまい。


「しかし…英国の保護国に攻め込むとは…宣戦布告もなされてないわけですよね」


「ソ連はともかく、英国が即座に反応しないのはなぜでしょう」


「実質的な戦争状態であるにもかかわらず、宣戦布告もおこなわれず『事件』として

収まった例は少なくないですよ。たとえば…」


「ノモンハン…がそうでしたな」


「英国が交戦国を増やしたくないのはわかりますが、外交で何とかなる問題でしょうか?

前に椿閣下がおっしゃった『独ソ同盟』が成った結果のように思えますが、それなら…」


「同盟かどうかはともかく、独ソ間になんらかの密約があると思った方がいいですね、

わたしにしてもイランに出てくるとは意想外でしたが」


隣国のアフガニスタンなら『歴史の韻』を踏んでるとも言えるけど…岩塩ぐらいしか

資源がないし、攻め込む意味がないものなあ。


「もともとこの地域は帝政ロシアと大英帝国が領土拡張をめぐって、せめぎあいを

した所です。不凍港をもとめるロシアの本能がまだ生きてるのかもしれません」


「独ソはひそかに講和したのでしょうか? 少なくとも停戦の合意がなければ

こんな行動には出れないですよね」


「おそらく後者でしょう。これはドイツがソ連につきつけた『踏み絵』だと

思えます」


「英…米に対するはっきりとした敵対行動ということですか…しかし、スターリンが

そこまでの屈従を示すとは意外ですな」


「そう、スターリンとヒトラーは絶対に相容れないでしょう。同族嫌悪という

やつでしょうね」


「すると…!? あ、そうか…ここしばらくのソ連の不可解な動きも

そうだとすると理解できます。ソ連内部で権力抗争があって、スターリンが

失脚した…?」


「まだ推測の域を出ませんが、新しい指導者は対独融和に動いたのでしょう。

ヒトラーはスターリンが消えたことで満足したと思われます…

彼の言う『ドイツ民族の生存圏』は、すでに確保できていますから。」


椿は言葉をつないだ…


「それなりに甘い条件を出したかもしれませんね。たとえばモスクワの返還とか」


「たしかに、それならソ連も乗るかと思いますが…私どもの分析ではソ連の戦争遂行能力が

奪われた大きな原因はモスクワの陥落にあるとされています。ドイツがあっさりと返還

するでしょうか?」


「むろん、あっさりではないと思いますよ。たとえば、国境線をモスクワの

すぐそばにする…日本でいえば、小田原あたりに国境線があったとして、不用意な

動きができると思いますか?」


「そうか、内陸深く…外敵から遠くにあることがモスクワの戦略的価値でもあった

わけですな」


「ドイツもお人好しではありません。停戦から講和…モスクワを含むある程度の

領土返還には条件をつけたはずです。英米とのはっきりとした対立状態という

ような…」


「まさしく『踏み絵』ですね」


「それにしても、ソ連が英米を敵にして成算があるのでしょうか?」


「追いつめられると、自分に有利な面しか見なくなりますからねえ。

それでも現時点では『なんとかなるかも』という気にさせる条件が

揃っているんですよね」


「…ドイツが英米からの盾になってくれるということですか」


「西はそうですね。そして東は?」


「…わが日本が米英との間に立ちふさがっている?」


「はい、さらにインド洋に向かう途には弱体化した英軍が散らばっているだけです。

ソ連の背中を最後に一押ししたのは、ビルマの英軍崩壊のニュースかもしれませんね」


「…複雑怪奇ですなあ。わが国がとるべき方策も、むずかしいとしか

言いようがありません」


「チャーチル…英国が必死で相談をしてるであろう、彼の国がどうでるか…

いずれにせよ、ぬるくはないと思います。情報収集になお一層の努力を

払うようお願いします」


ノルマンジーの『史上最大の作戦』や、マリアナ沖の『空前絶後の海空戦』が

どうなるのか…椿にもわからない世界に入ってきた。


まあ、これはこれで楽しいから、かまわないけどね…


つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ