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第百九章『予定は未定』

不思議な静寂のうちに、1944年の三月が過ぎてゆく。


韓ソ国境では厳戒態勢がしかれたが、その後の動きは見られなかった。

満州各地の警備隊からの報告も同様であった。


その後の調査で、越境してきたのは『武装強盗団』と追跡のソ連軍だと

判明したが、韓国の抗議はなしのつぶてになっている。


どうやらこの時点での対ソ戦争はなさそうだが…


ソ連の現状からして対日戦が容易でないことは彼らもわかっているだろう。

だが、韓国との小競り合いを続けることで、日本の注意を引きつけることは

米英にとっては意味がある。


なんらかの見返りと引き換えに囮の役を引き受けたのかと思ったが、そうでも

なさそうである。


全くの偶発的な事件だったのか…だとすると、ぎゃくにこのソ連の沈黙が

意味を持ってくる。


「彼の国で何かが起きている…と考えた方がよさそうですな」


「今回のことがなかったら、気がつかなかったかもしれませんね…

駐日ソ連大使館も混乱してるようですし」


「…ビルマ情勢の続報が入っています。独立組織のバー・モウ将軍に近い特務機関からの

報告では英軍がインド方面に移動しているとのことです。ベンガル湾に進出している

二機艦の偵察情報もこれを裏付けています」


「英軍の戦線が崩壊してるのか…思った以上に弱体化してたようだな」


「インドでもサボタージュなどの反英闘争が広がっていますし、ビルマへの増援どころでは

なかったのかもしれませんね」


「英軍の多くは海岸沿いをチッタゴンに向かっているようですが、一部が北西の山岳地帯に

追い込まれてるそうです…椿閣下、何かおっしゃいましたか?」


「いや…英軍が駆逐されたのはよいとしても、ビルマのこれからも大変だなと

思いまして」


「たしかに、独立組織も一枚岩ではありませんし、多数の少数民族をかかえていますから

混乱が広がるおそれもあります。わが国としても関与の度合いを慎重にしませんと…」


ここで『インパール』の名を出しても誰も理解できないだろう。


折からの雨期で路を失い、補給を断たれた英軍の『ウィンゲート旅団』の将兵が、目的地の

インパールに着くまでに半数以上…四千の餓死、病死者を出すという悲劇にみまわれることは

この時点では椿も知らない。


それが英国の戦史で大きく扱われるのは、この部隊がほとんど『イギリス人将兵』で構成

されていたからで、死傷者の数なら南に逃げたインド兵部隊の方が多かった…などと

いうことも、ここではどーでもいいことである。


それより、肝心な米軍の動きについての情報に『ゆらぎ』があるのが気にかかる。


「太平洋艦隊の増強について新しい報告は入ってませんか?」


「はあ、各種の情報を総合して、現在太平洋にいる米海軍の艦艇は正規空母が

三〜四隻、軽空母もほぼ同規模と思われます。護送空母も確認されていますが、

ハワイの艦隊とは別行動でサモアなどへの航空機輸送に従事してるようです」


「戦艦がサウスダコタ級、またはアイオワ級が二〜三隻でしたね」


「巡洋艦以下の艦艇もそれなりにいるようです。強力な戦力だとは思いますが、

我が軍に対して本格的な攻勢をとるには不足でしょうな」


「その通りです…おそすぎる」


「椿さんのおっしゃる『おそい』というのはアメリカの建艦のペースという

ことですか?」


「いや。おそらくこの時点で正規空母は十隻程度、軽空母も同じくらいは就役してる

はずです。おくれてるのは太平洋への配備…です」


このままでは六月の『マリアナ沖海戦』に間に合わないだろう…

たしかに、史実とはかなり違った展開になっているのだから、スケジュールが

ずれても不思議はないが…先を読みにくくなってきた…


ところで…『展開』は史実と違うところも多いが、地図上での見た目はほぼ

同じように見える。


日本軍の勢力圏はマリアナとカロリン諸島…トラックが最前線である。

史実のこの時期…マーシャルを奪われ、ギルバートを奪回された状態と

よく似ている。


日本軍の太平洋方面における戦死者の数は、むろん史実より少ないがそれほど

大きな違いはない。


史実でも損害の桁がはねあがるのは、負け戦がはっきりしてくる44年以降なのだ。


それも、敵の弾よりは飢えや病気に殺されるか、輸送船ごと海の底に沈んでいった

将兵の方が多かった。


日本人がどれだけ死ぬか…は、これから先の展開次第ということか…



ハワイ、真珠湾の太平洋艦隊司令部…


「作戦本部は何を考えているんでしょうね。『対日反攻近し』のかけ声ばかりで、

いっこうに船は増やさないし…」


参謀長のシャーマン少将が、窓から軍港を眺めながらぼやいた。


『インディアナ』『アラバマ』『マサチューセッツ』…サウスダコタ級の三姉妹が

停泊している。


ここからは見えないが、エセックス級空母『ヨークタウン(二世…以下略)』

『エンタープライズ』とインディペンデンス級軽空母『カウペンス』と『モンテレー』も

入港している。


巡洋艦以下も含めて強力な新造艦ばかりだ。だが、この程度で日本海軍と戦って勝てると

考える海軍軍人はすでに米海軍にはいなくなっている。


そう考えてた人間は、おおかた海の底に行くか予備役に追いやられていたから…


シャーマン自身、一昨年十一月にはソロモン沖で艦長を務めていた軽空母『プリンストン』を

沈められ、命からがら逃げ帰った経験をもつ。


ぼやかれた相手は、司令長官のフォレスタル大将である。


「これからがこの戦争の大きな山場になる。上層部が迷う…いや、慎重になるのも

無理はあるまい。待つしかなかろうよ」


昨年末、パール・ハーバーの再建がほぼなったのに伴い、ニミッツから職をひきついだ

フォレスタルは『政治屋』らしくそう応えた。


『やっぱり二つの正面をもつことはきつい…合衆国にしても…だ。このパールの

再建にしてもえらく大変だった。ニミッツが十歳はふけこんだように見えたものな』


日本海軍…『魔王艦隊』によって完膚なきまでに叩きつぶされた真珠湾は、直後から

再建が開始された。


米本土から直接、日本への進攻をおこなうことはいかに近代海軍でも無理である。

西海岸から約四千キロ、日本本土から六千キロのハワイなくして対日戦は戦えない。


住民の避難、湾内にあふれた重油の除去に並行して、まず航空基地の再建がおこなわれた。

途中で再度の攻撃を受けたら目も当てられないからである。


オアフ島だけでなく、ハワイ島やマウイ島までも航空要塞化して、ようやく本格的な

復旧にはいれる。そのための輸送船団も初期の頃は護衛艦艇の不足から、潜水艦によって

相当な被害を受けた。


ドックなどの造修施設は未だに工事中の箇所も多くのこっているが、工作船によって 

小艦艇の修理はおこなえるようになった。また、巡洋艦以下なら本格的な補修も出来る

浮きドックも回航されてきていた。


まもなく完全な復活を遂げるはこびだが、それにかかった費用と時間はまさに

合衆国といえども『笑って済ませる』ようなものではなかったのである。


「艦隊運動の訓練の具合はどうかね?」


「はあ…戦艦の連中は大丈夫ですが、空母は『なんとか』というレベル…

補助艦は正直あぶなっかしいですね」


「新兵も多いからな。仮にいますぐ合衆国の艦艇が全部ここに集まったとしても、すぐには

出撃できない。合同の訓練もろくにやったことのない『大艦隊』じゃ、戦場につくまでに

どれだけ事故で失われるか、わかったものじゃないからな」


「そして、そこには歴戦の日本艦隊が待ち受けている…わけですか」


この話題はこれまで、と言うように横を向きながらフォレスタルは

胸の中でつぶやいた。


「二月にキングと話したときには、六月ごろ何かある…という感触だったが、

予定が変わったらしいな。ま、戦争が予定通りいけば苦労はない…』


そう、たしかに予定外のことが起きるのだ…『魔王』椿にとってさえも…


つづく








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