第百七章『巨娘ふたり』
神奈川県、追浜…
暦の上ではすでに春だが、冬晴れと言うことばがふさわしい凛とした色の
三月初旬の空に四機の小振りな双発機が上昇していく。
二十数分後、肉眼では追うのが難しくなった頃、彼らは高度九千メートルの
高みに達していた。
『与圧よし…電熱服よし…過給器作動開始…』
『高度九千四百…三番機遅れてるぞ…』
『三番機より長機…過給器作動不良…追随できません…』
『了解、無理するな…可能な範囲で上昇せよ…』
さらに数分後…
『高度一万五百…速度六百十五…機銃の試射開始…』
『四番機より…二番機銃作動不良…』
『了解…降下開始…高度一万で奮進弾発射…続いて銃撃開始…』
『高度一万…奮進弾発射成功…速度六百五十……銃撃成功…
これより帰投する』
見上げて…いてもあまり意味は無いのだが、目をはるかな上空にすえながら
耳でスピーカーから流れる無線電話の声を追っていた、関係者一同から
ほう…と大きな息がもれる。
「…完全な成功とはいきませんでしたが、いかがでしょうか椿閣下」
「四機上がって、高度一万で三機が攻撃に成功…現時点ではこれで充分、よくやって
くれました。試験機ではなく、通常の実戦機レベルでこの割合を維持できるようになれば
高高度の防空体制にもめどがたつでしょう」
「有り難うございます。過給器はまだ耐久時間に問題がありますが、予備を揃える
方策をとります」
本土防空本部の塚原二四三中将も顔をほころばせている。
「機上無線の性能もずいぶん向上しています。電探基地と結んでの指揮、管制も
精度を上げることができますな」
「塚原さんのところが活躍するという状況は、日本にとって良くはありませんので
楽しみにしてる…とはいえませんが、いざというときは頼みますよ」
たしかに…と一同が苦笑したところで『屠龍二型』の試験は終了、休憩に入る。
全くの新型機だが情報秘匿のため、あえて『屠龍』と名付けられた高高度迎撃戦闘機は
海軍でも『月光二型』として採用される。
機首に二十ミリ機銃を四挺装備、胴体下にK信管付き奮進弾を四発装備する。
数さえ揃えばB29の迎撃に不足はないだろう。
「ドイツからの情報に刺激されて、ジェット部門の連中もしゃかりきになってますが
エンジンの燃焼実験が来月始まる…という段階ですから、まだ大分かかりそうです。
機体の設計は進めていますが、エンジンがものになるまでは具体的な数値も
決められませんもので」
「じっさいのところはドイツのジェット機も完全な実用化には今一歩なんですがね。
担当者には、あせらず着実に…とつたえて下さい」
このあと、海軍の新型陸上攻撃機『銀河』…陸軍では『飛竜』…の初の実戦部隊、
四十八機の編隊飛行がお披露目された。
これまでの『一式陸攻』より少し小振りの双発機だが爆弾搭載量は1・5トンと増えている。
水平爆撃と雷撃の両方をこなせるが、海軍は雷撃は『流星』にまかせることにして、
別の使い道を考えている。
急降下爆撃も…というような、無茶な要求は初めから出されていないので念のため…
最高速度は兵装時で五百五十と零戦並み、空荷だと五百九十キロで、登場してくるであろう
米軍の新型艦戦にも容易には捕捉されないと期待されている。
操縦、航法、無電と後方機銃…という三座で、機首には二挺の二十ミリをもっている。
航続距離は増槽付きで二千八百キロ。
対ソ戦にそなえる陸軍では、後方の基地から出撃して敵の兵站戦への攻撃が主目的である。
『銀河』は各地で部隊の編成が進められており、間もなく第一陣が前線の基地に
移動することになっている。
滑走路の片隅に、椿もよく知ってるが微妙に形の違う双発機が駐機している。
「これは…新型の司令部偵察機…ですね」
「はい、ずばり『新司偵』とよんでいます。『百式』の発展型…じっさいはまったくの
別物ですが形はよく似てしまいました」
百式司偵の速度の優越にかげりが出てきたところから開発されたものである。
流線型のフォルムはさらに磨かれ、高高度よりも速度にシフトされた結果、
最高速度は六百六十に達する。
「コルセアやP38からも逃げ切れる…わけですね」
「そのとおりです。順次『百式』と入れ替えていますが、ちょっと気がつかれにくいと
思います」
これで日本の新型機は出そろった。戦争終結までこれらの機体で乗り切っていかねば
ならないだろう。
昼食は遠慮して横須賀海軍工厰に向かう。早めに予定を終わらせて東京に帰りたく
なったからだ。少し疲れた…風呂に入って酒を飲んで寝たい…
…が、工厰の拡張なった七番ドックの視察で目がさめた。
全長三百十メートル、全幅五十メートルの巨大な人工の谷間…
その底では盤木の上に船の背骨にあたる竜骨が置かれ始めている。
作業についている人間の中でも全体像を把握している者は多くない。
ほとんどの者にとっては、これが『大和級戦艦』をはるかにしのぐ
巨大な船の建造であろうということがわかるだけだ。
「始まりましたね」
「はっ、呉の方でも同時に起工しています。この戦争には間に合いそうもありませんが…」
「帝国海軍の未来のための船ですからね」
帝国海軍の予定には無かった船…椿の希望で設計が行われ起工された二隻の巨艦。
このために椿は二十万トンの鉄を出現させていた。
椿のへたくそなイメージイラストから具体化された艦が形を為す日はまだ遠い。
あ、そうそう…今回の鉄と、先般の『御使い暗殺未遂事件』にからんで出した
ある種の化学物質や薬品、タバコなどの消耗品に使った能力ポイントは
総計で九百六十万になる。
残…百六十一億七千九百二十四万四千七百五十ポイント…である。
つづく
前の方の章を読みかえしては、話に矛盾が無いか調べながら書き進めています。…誤変換や『てにをは』の誤用などが多過ぎて、修正に時間かかりまくりです。サブタイトルは『きょむすめ』と読んでください。