第百五章『七年前の誕生日!?』
二月末日…椿の誕生日である…といっても、1944年にはまだ生まれてないけど。
この世界の1951年に生まれるのかどうかもわからないし、生まれたいとも思わないが…
総力戦研究所分科会連絡会議…略して『総連』の会議室。
「米西海岸のシアトル郊外で大型機の墜落事故…これは椿さんがかねてから
話していた新型の超重爆撃機でしょうか?」
「タコマのボーイング社の工場の近くですしね…おそらく『XB29』とよばれてる
試作機でしょう。この機体はプロペラが三翅のタイプですが、採用されるのは
四翅プロペラになります」
B29の開発は史実通り…いや、ひと月ほど早い感じである。
「こいつが制式化されるのは夏ごろということでしたね」
「ええ、秋には数百という単位で前線に配備されてくるでしょう。現在の戦局では
ヨーロッパに回される可能性も高いですが、油断はできません」
「行動作戦半径がざっと三千キロ…何度見てもこの数字には恐怖をおぼえますね。
こんな機体を椿さんの言われるようなペースで量産するとは、やっぱりアメリカは
怪物ですなあ」
「帝都を初めとする本土にとって、一番の懸念はマリアナ諸島を奪われ基地化される
ことです。サイパン、テニアンの防備強化について最新の報告が届いています」
陸相代行…療養中の東条大将の回復が思わしくないため、その任に就いている次官の
永田鉄山が発言する。遠くない将来、大将拝命とともに代行がとれる予定とも
いわれている。
「サイパンには陸軍が歩兵一個師団を基幹に砲兵、戦車、工兵を合わせて二万五千。
海軍陸戦隊が増強連隊規模で五千の兵力です。他に海軍の航空隊が六千、陸軍が二千…
これは搭乗員と整備関係者ですから陸上戦闘には使えないわけで…歩兵をもう少し
増やすべきではという声もあります」
「兵站を考えると頭数が戦闘力の増強には直結しませんからね。要塞化が完了すれば
所期の目的に必要な時間はかせげると思いますよ」
「本格的に要塞化工事が始まってからでも一年…資材の輸送は敵潜水艦による損害が
皆無というわけではではありませんが、満足すべき水準で続けられています。
3〜5万の敵軍の上陸を許しても、遅滞作戦を行うには充分なレベルに達して
いますよ」
「テニアンも陸上戦力はほぼ同等…飛行場、掩体壕などの整備も順調に
進捗しているとのことです」
「…で、住民の疎開の方はどうなってます?」
「ほぼ完了しています。苦労を重ねてきた開拓農民が多いですから説得に時間は
かかりましたが、婦女子と老人は内地に…建設が進んでいる北関東の疎開施設に
移住しています。成年男子で軍属として残っている者にはいくつかの農園の
管理を任せて、現地軍将兵の食料事情改善に役立ってもらっているということです」
「大変結構です。いかに近代戦が前線と後方の区別が無いといっても、狭い島の中で
多数の非戦闘員を巻き込んでの地上戦なんてのは悪夢ですからね」
椿が小学五、六年生の頃だったか、終戦の日特集みたいなテレビ番組の記録映像で
『それ』を見た。サイパンの『バンザイ・クリフ』から子供を抱いて飛び降りる女性の姿…
何度も繰り返し映し出されるその映像は椿の心に痛烈な恐怖、そしてアメリカ軍より
日本指導部の無能に対する激烈な怒りを植え付けたものである。
「あとは航空戦力の仕上げ…ですね。こちらはギリギリまで続けることに
なるでしょうが…マリアナ以外の方面でなにかありますか?」
「ビルマが大分激しいことになっているようです。わが国からの反英武装組織に対する
援助は続けられていますが、タイも関与を深めているとのことです。ビルマとの国境に
ついての譲歩という見返りと交換に援助を与えていると見られます」
インドネシア独立まで、東南アジアにおける唯一の独立国だったタイ王国は
世界的にはともかく、地域では軍事を含めてかなりの大国である。
ひそかにビルマ独立組織を援助し、ことがなった暁には自国に有利な国境線を得る。
そのくらいの策謀はやって当然か…
「ビルマの英軍はかなり弱っています。来月…三月初めには第二機動艦隊が
東インド洋の通商破壊戦に出撃しますから、大きな動きが出るかもしれません」
ラバウル航空戦の後で再編成され、多くの新人搭乗員をかかえた二機艦は
スマトラ島リンガ泊地で半年あまりも訓練に励んできた。そこそこのレベルアップを
果たした艦隊の乗組員と、中小六隻の空母が搭載する二百五十機の艦載機搭乗員に
必要なのは実戦経験である。
三週間の予定の作戦終了後は大部分が内地に回航、すでに第一機動艦隊の空母では工事が
終わろうとしているカタパルトを取り付けることになっている(飛鷹は損傷修理の際に
装着してあるが)
各地の造船所はいっぱいいっぱいのスケジュールで造修に追われている。
シンガポールの設備まで利用したとしても、予定通り進むかは椿にもわからない…
さらに拡張工事が完了した呉と横須賀の大型艦用ドックでは『予定外』の艦の建造が
始まっていて、資材はともかく時間と人員のやりくりが大変である…この艦については
近いうちにまた…
そんなスケジュールの中でも、二機艦には艦の改装よりも実戦によるスキルアップの方が
優先的に求められた。たとえ弱体化している英軍相手であっても、『命をかけた』出撃は
彼らを『戦力』に引き上げるのための貴重な経験となるだろう。
「わかりました。ええと…私はこれから習志野へ行って、明日は朝から横須賀での
仕事が二件あります。連絡がありましたらよろしくお願いしますよ」
「あ、椿閣下…あと一つ…先日指示を頂いた中京地区の航空機工場の疎開の件なんですが。
三菱を初めとして、どの航空会社からも猛反発をされまして…」
「んー、やはりだめですか」
「空襲の危険性については説明しましたが…たとえば、東京武蔵野の中島飛行機と
くらべて格段に危険度が高いとは思えないと反論されまして…また、移転にかかる費用と
資材、時間、なによりその間の生産数低下を言われますと無理押しはできないかと」
「仕方ありませんね。その件は別の方策を考えましょう…ただし、設備の拡張や新規の
工場建設などは許可しないということでよろしく。あいまいな指示ですみませんが、
私にしても『とき』がくるまですべてお話しすることはできないんです」
「はい、その線で交渉をしてあとのご指示を待ちます」
さあて、『四式戦車』を拝みにいくとするか…
つづく