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第百四章『めじろ、ろしや、やばんこく』

椿は戦争映画が好きである。スペクタクル史劇もその範疇に入る。


小学生の頃、酒乱の親父がたまたま正常かつ機嫌がよく、手元になにがしかの

金があるときにはよく映画館に連れて行ってくれた。


記憶に鮮明な最初のものは小学三年生のときの『戦艦ビスマルク号を撃沈せよ』である。

DVDを手に入れたいま見ると戦闘シーンなどはちゃちな感じがするし

史実とは違うところもあるのだが、戦争を盤上のチェスのようにみなす

『海戦』のおもしろさは色あせていない。


『渚にて』…全面核戦争後、直接の被害を免れたが放射能にじわじわとおかされていく

オーストラリアと米潜水艦が舞台。主役はグレゴリー・ペック。

『兄弟よまだ時間はある』というテーマが小四の椿にも重く響いた。


『世界大戦争』…おなじく核戦争を描いた東宝映画。

ラストシーンでの笠地衆りゅうちしゅうのせりふ…『こんな(ことをしてしまった)

人間ですが、私はけっこう好きだったんですがね』が心に残る。


『侵略者』…ローマ帝国滅亡の遠因となったフン族の来襲を描く史劇。

椿が高校生の頃、テレビの午後三時〜五時の時間帯で映画を流すチャンネルがあった。

それも月〜水、木〜金といったふうに同じ映画を何回も放映するのだ。

フン族の族長アッチラがアンソニークイン、彼に取り入ろうとするローマの皇女が

ソフィアローレンという濃い配役のこの作品も何度も見た。

将軍アエテウス率いるローマ軍とフン族騎馬隊の合戦シーンは何回見ても

燃えるものであった。


『戦艦シュペー号の最期』…ドイツのポケット戦艦、アドミラル・グラフ・シュペーの

活躍と最期を描く。

実物の巡洋艦を使った映像には迫力があった。おもしろいのは、キャストに船も出ている

ことだ。シュペーや、のちに日本軍に沈められた英巡洋艦エクゼターは別の船を使っているのだが

彼女等も俳優として扱うところがイギリス映画らしいところか…


高校で定期的なバイトに就いた椿は、毎週のように三百円を握りしめて映画館に通った。

東京新宿、歌舞伎町というところに『地球座』という名画座があり、史劇の三本立てが

観られたのだ。のちにはポルノ専門になったが…


『剣と十字架』『大城塞』『スパルタカスの息子』『蛮族の逆襲』等々…B、C級史劇が

多かったが、『キング・オブ・キングス』はなかなかだった。


キリストの生涯を描いているのに、扮する俳優ジェフリー・ハンターが金髪碧眼なのは

まずいだろうとは思ったが、それはどうでもいい。


ユダヤの反乱軍がローマ軍の城塞に攻め込み殲滅させられるシーンが圧巻だった。

密集隊形をとるローマ歩兵に烏合の衆である反乱軍が皆殺しにされる…

『戦術と訓練、武器の優越は勝利…少なくとも戦術的勝利には必須である』

客席でコーラを飲みながら心に深く刻む椿であった。


ローマの奴隷剣闘士の反乱を描いた『スパルタカス』は映画館だけでも十回以上、

ビデオカセットを経て、DVDまで百回は観た。

奴隷軍に迫るローマ軍団の進撃シーンはCGには無い味わいと迫力がある。


話が横に?それすぎた。


今回の眼目はロシア(ソ連)映画である。

教育テレビで観たエイゼンシュタインの『アレクサンドル・ネフスキー』…の戦闘シーン…は

衝撃であった。氷結した湖上を疾駆するドイツ重装騎兵の突撃シーンは何度観ても飽きない。

…ソ連映画あなどりがたし…


…というわけで、高二の冬に公開された『戦争と平和』に椿は胸踊らせて駆けつけたのだった。


結果は…深い落胆であった。戦闘シーンを含め、ただただ長いだけで『つまらん〜!』

『ボロジノの会戦』はハリウッド版の方がよほどましであった。

もっともヒロインのナターシャはオードリー・ヘプパーンよりソ連版の

リュドミラ・サヴェーリワに魅かれたが。


のちの第二次大戦を描いた『ヨーロッパの解放』も同様…あんなによく寝れる映画も

珍しかった。


『激闘ブレスト要塞』や『戦争と人間』などの秀作を製作、主演した

セルゲイ・ボンダレチュクも老いたということだったのか…


思い返してみると…椿が好きなのは戦闘そのものよりも、そこにいたる作戦や布陣や陣形と

いったものなのだ。先端を開く直前の緊張感になにより心震わせられるのだ。

両軍が激突した後のチャンバラシーンは『おれの仕事じゃない』ってこと。


例えて言うと『脱がすまでのプロセス』こそが醍醐味なので、そのあとはどーでも…

いや、話が特殊な方向に下世話過ぎた…もうしわけない。


さて、広大ではあるが不毛の地も多い北ユーラシアの大地に、国家らしきものが

でき始めたのは九〜十二世紀、北欧のノルマン人の侵攻があったあたりからである。


ノヴゴロドやキエフといった国が発展途上にあった頃、不幸なことに東からの

大侵略にみまわれ、一世紀以上の停滞を余儀なくされる。


モンゴルによる『タタールのくびき』である。

この影響は大きく、十七世紀以降のピョートル大帝とその後継者の欧化政策にも

かかわらず西欧からは反アジア的な後進国としてみられつづけた。


ロシアが一目置かれたのは公用語をフランス語にしたことや、ドイツ人技術者の

招聘ではなく、ただその強大な軍事力によってであった。


スエーデンやデンマーク、そしてナポレオンのフランス軍に対する戦勝で

その地位はゆるぎないものとなっていった。


しかし、十九世紀後半の対トルコ戦争を最期にロシアは勝利から見放された。

日露戦争でケチがつき始め、第一次大戦では帝国が崩壊し、そして今次の

対枢軸戦でもここまで負けつづけである。


ロシア帝国がソ連に変わっても、その栄光が内外に対する軍事力、警察力に

よっていることは変わらない。


共産主義のイデオロギーとスターリンの独裁にによる統御も、『負けの負債』が

一種の破断界を越えたいま、急速にその神通力を失おうとしていた。

史実では国民を奮い立たせるのに成功した『母なるルーシを守れ』『大祖国戦争』の

プロパガンダも、もはや通用しなくなっている。


『ルーシをこの現状に追い込んだのはドイツ軍だけではない』

ソ連国民の各階層に広がるこの声は、まだ表立って発せられてはいないが…


1944年一月、米英連合軍による大陸反抗作戦の打ち合わせのため、長駆イギリスまで

やってきたソ連外相モロトフはいった。


「作戦は三月、遅くとも四月初めまでに行って欲しい。英米の言うような六月では

予想される枢軸軍の夏期攻勢のためにわが国は崩壊しかねない」


ロシア平原は雪解けの時期には泥濘と化して軍事行動は大きな困難を伴う。

したがって、どちらが攻勢に出るにせよ五月が発起時期となる可能性が高い。


モスクワ占領以降、二年間も守りを固めるだけだった枢軸…ドイツ軍に動く気配が

あることは米英。とくにイギリス情報部はつかんでいた。


それが本格的攻勢ならば、米英にとってはなかば喜ばしいことである。

東への大戦力の指向は西からの上陸作戦にとり悪いことではないからだ。


だが、英情報部の分析では『限定的攻勢か大規模な威力偵察にとどまる』ものであった。

いまやドイツの目は西を向いているはずなのだ。


ソ連はそうはとらなかった。英首相チャーチルは『ナチを倒すためには悪魔とも

手を結ぶ』と公言している。その悪魔が共産ソ連であることは誰の目にも明らかだ。


モロトフに言わせれば、米英はソ連を犠牲に供することで大陸反抗を成功させようと

もくろんでいるとしか見えないのだ。たしかに、チャーチルの心の底に『独ソ共倒れ』と

いう美しいながめが浮かんでいなかったとは言えないのだが…


連合軍総司令官であるアイゼンハワー米陸軍大将がなだめるように、事情説明を

繰り返す。


「上陸作戦に失敗した場合、最低一年は再度の作戦実施が不可能になるほどの打撃を受けて

しまいます。それはソ連にとっても望ましいことではないはずでしょう。失敗しないための

戦力集中に要する時間をぎりぎりにしぼってだしたスケジュールが六月初旬なのです」


「わが国は三月までは戦線を維持することに責任をおいましょう。しかし…」


その後のことばを発しないままモロトフはイギリスを去っていった。


つづく










ようやく戻ってきました。昔の映画の話ばっかりで恐縮ですが、未来より過去の方が長くなるとどーしても思い出話が多くなります。ご容赦下さい。もう一つ恐縮する話です…先日のイージス艦『あたご』と漁船の衝突事件をラジオで聞いていたおりのこと…レポーターと報道局だったか、ともかく人名が二つ出たんです。それが『たかお』さんと『よしの』さん…普通の人には意味ないことでしょうが、『たかお』は(おそらく字が違うだろうけど)帝国海軍の重巡洋艦で『愛宕』の姉妹艦『高雄』、『よしの』も明治時代の巡洋艦『吉野』と音が同じ…こんなニュースを聞きながら妄想に入ってしまう…どうしょうもないなあと、我ながら思ってしまいました。




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