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うんめいの、  作者: 遊楽
起章 知らないもの
6/7

壱ノ肆



サブタイの数字は四です。文字化け、していないでしょうか・・・。(びくびく)



幼女にこんぺいとうを餌付けされる長髪美青年の図。真昼ちゃんに未だ周知の感情は芽生えません。





 「あ、あの……」



 久方ぶりに見るその浮世離れした姿に真昼はたどたどしく言葉を探す。何か言わなければと思うのだが、言葉が見つからない。ひとまず箸を置こうにも部屋の隅の存在が怖くて、握りしめることしかできない。どうしようどうしようと、ぐるぐる言葉を探す真昼を横目に、御大はぱちりと指を鳴らした。と同時にぱたりと倒れたのっぺらぼうたちに真昼はびくりと体を震わせた。


 そろりとそちらに目を向ければ、しゅるしゅるとのっぺらぼうたちは縮み、人型をした薄っぺらい紙になっていく。もう一度ぱちりと御大が指を鳴らすとひらひらと舞って御大の手の内に収まった。



 「どうせ声など聞こえていないが」



 ぼそりと呟かれた言葉に真昼は首を傾げる。


 あののっぺらぼうたちは御大のものだったのだろうか。たしかに、普通のひとには見えなかったけれどまさか生き物じゃないなんて思いもしなかった。


 ぱちくりとまばたきを繰り返す真昼に御大は無感情な瞳を向ける。



 「わたしに、何か頼みがあると聞いた」


 「え……?」



 襖の前に立ったままの御大に真昼は座ったまま茫然と目を向ける。


 頼み、頼みとはどういうことだろう。わたしがこのひとに、なにかお願いをする? そんなことが許されるのだろうか。……だって真昼は、『命令に従う人形』なのに。この命ですら自分のものではないのに。



 「ないのか。何か、伊青に頼んだのだろう」


 「あ、あ、……えっと」



 不機嫌そうに眉を寄せられ、真昼はまた慌てて言葉を探す。


 頼み。それはつまり、わたしに『しごと』をくださいとお願いするということだろうか。伊青が青蘭に頼んでくれると言っていたけれど、もしかしてわざわざわたしに『しごと』を与えに来てくれたのだろうか。



 「あの、あの、『しごと』を……」


 「仕事?」


 「わた、わたし、することがなくて……それから、ええっと、あしも、いたくて。な、なんでも、できます。いはるが、せいらんにたのんでくれて……ええっと、だから、」



 要領を得ない真昼の言葉に御大は静かに耳を傾けてくれた。だからこそ、ちゃんと喋らねばと思うのに口からこぼれるのはまとまりのない言葉ばかり。自分でも何を言いたいのかがわからなくて、真昼はしゅんと肩を落とす。



 「足が、痛むのか」



 しかし、返されたのは『命令』でもしっかり話せという怒声でもなく、そんな言葉だった。真昼はまた、ぐるぐる言葉を探す羽目になる。



 「……かせが、ちいさくて」



 十分すぎるほどの間をとって告げられた言葉に、ああと御大は今気付いたというように声を上げた。その満月の瞳は真昼の足首に向けられている。



 「そうか、それはもう必要なかったな」



 つい、と御大が真昼の足首に指先を向けると真昼の足に絡みつく枷がどろりと溶けた。ぎょっとしてかたまっているうちに、枷と一緒に長い鎖も消えてしまい、真昼はただただ瞬きを繰り返す。熱さも感じなかった。長い間真昼を繋いでいたそれが、まるで氷みたいにふつりと消えてしまった。


 ひつようない、とはどういう意味だろう。たしかに最近は少し痛かったけれど、あれは真昼が真昼たる唯一の理由だったのに。



 「あ、あたらしいものを……」



 不安げに足首に触れ、そう見上げる赤い瞳に御大は解せぬと眉を寄せた。



 「おまえ、枷がなければ逃げるつもりなのか」


 「え?」



 にげる。にげるなんてそんなこと。



 「いいえ。わたしは、あなたのもの、だから」



 人形に、そんな意思は必要ないもの。



 「そうだ。それがわかっているのなら枷はいらぬ。どうしても欲しいというなら、その首に刻んでやってもよいが」



 伸びてきた白い指先を避けようとして体を反らした拍子に、懐に入れていた『こんぺいとう』の小瓶が転がり落ちる。どっどっと波打つ心臓を鎮めようと息を詰めながら、御大に視線を置くが御大はもう真昼のことを見てはいなかった。真昼がゆっくりとその視線をたどると畳の上に転がる小瓶にたどり着く。そっとそれを自分の元に引き寄せるとそれを追って御大の視線も動き、ゆるりと緩慢な動作で首を傾げた。



 「それはなんだ」


 「え、あ……『こんぺいとう』、です」


 「こんぺいとう」



 初めて聞く言葉をぎこちなく舌にのせて繰り返す御大に真昼はこくりと頷きを返す。



 「いはるが、くれて……あの、とてもあまくて」



 ふと思い立って、小瓶のふたを開け中から桃色の可愛らしい粒を取り出す。



 「どうぞ」



 差し出されたそれに、御大は一瞬動きを止めて。それからまるで雛が餌付けされるように、真昼の指先から唇で『こんぺいとう』を受け取った。壮絶な美貌には不釣り合いな桃色がゆっくりと口に含まれる。



 「甘いな」


 「はい」



 からからと小瓶を揺らす真昼を眺め、御大は再び首を傾けた。



 「おまえは、それが好きなのか」


 「え?」


 「こんぺいとう、と言ったか。それが好きなのか」


 「すき……はい、すきです」



 初めて食べた甘いもの。世界にこんなに甘くて優しい味がするものがあるなんて思いもしなかった。それに真昼がこの瓶を空にする度に伊青が来てくれる。怒鳴らなければ殴りもしない伊青はとても優しいから好きだったし、話し相手になってくれるのもとても嬉しかった。



 「そうか」


 「はい」


 「…………」


 「…………」



 御大はしばしの無言の後、また来るとだけ告げて来たときと同様音もなく部屋を出ていった。ほわほわと部屋に漂う残り香に真昼は夢ではなかったのか、とぼんやりしながらも考える。


 しばらくぼんやりしていると、部屋の片隅にのっぺらぼうたちがゆらりと出現した。いつものように白の小袖に緋袴なのだが、そののっぺりした顔に常とは違うものが描かれていて首を傾げる。目の位置には「の」の字が、鼻の位置には「も」の字が、口の位置には「へ」の字が、のっぺりとした顔に墨で描かれているのだ。三人いる彼女たちのすべてにそんな落書きがされており、彼女たちも顔が気になるのか互いが互いの顔をぺたぺたと触り合っている。


 どこか可愛らしいその顔はやはり真昼に表情は伝えなかったけれど、ただののっぺりよりずっといい。しかし、一体どうして突然彼女たちに『顔』ができたのだろう。


 一気に親近感の湧いた彼女たちにじっと視線を当てながら考え込んでいた真昼が、『しごと』のことをしっかりと頼むことを忘れたことに気付くのはほんの数分後のこと。





へのへのもへじの彼女たち。そこにはきっと、優しさが隠れてる。はず。



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