零ノ壱
以前、こちらで公開していたものをリメイクしています。
誤字脱字等ありましたら、ご一報お願いします。
昔昔、あるところにそれはそれは美しい娘がおりました。
娘は平凡な商家の生まれでしたが、その光り輝く美しさはすぐに国中の知るところとなりました。
その美しさを聞きつけた国中の男が娘との結婚を望みました。
けれど、娘はどんな求婚にも決して是と頷きません。
果てには、国一番の権力者の求婚をも断ってしまうので、慌てた父親が尋ねました。
「姫や、どうして求婚を断ってしまうのだ」
「父さま、わたくし結婚などしたくはないのです」
それを聞いた母親が悲しげに眉を寄せて尋ねます。
「そんなことを言うものじゃないよ。どこかにいい人でもいるのかい」
「いいえ、母さま。わたくし、人を好きになどなりませんもの」
何を言っても首を振るばかりの娘に両親は困り果ててしまいました。
誰の求婚をも断る娘の噂は、年を重ねるごとに増す美しさと共に広まっていきました。
曰く、国一番の美しさと気高さを持つ月の姫。彼女は満月に心を捧げてしまったのだ、と。
娘の噂を聞きつけたのは異形の王でした。
異形のモノを束ねる王は誰の求婚にも応じない娘に興味を持ち、ある新月の晩、娘の元へやってきました。
誰もが恐れる異形の王の姿を見ても、娘は怯える様子もなくただ首を傾げました。
「娘、おまえが誰の求婚にも応じないというのは本当か」
「はい、異形のお方」
「ならば、わたしからの求婚も拒むか」
「はい、異形のお方」
「ならば、おまえは何を望むのか」
「いいえ、異形のお方。わたくしは何も望みません」
噂通り、どんな言葉にも頑なに首を振る娘に異形の王はすっかり興味を持ってしまいました。
異形の王は王であるが故に、己が欲するものはなんでも持っていましたから、自分のものにならぬという娘が欲しくなってしまったのです。
「おまえが何も望まぬと言うのなら、わたしが連れ帰っても問題あるまい」
そうして、異形の王は自分の住まう闇の中へ娘を連れ去ってしまいました。
明くる日、娘がいないことに気付いた両親は国中を探し回りましたが、ついに娘は見つかりませんでした。
闇の中、連れ去られた娘のその後を知る者は誰もいません。
……そう誰も。
忘れ去られた童話の続き。
末永く幸せに暮らしましたた、と締めくくられるべき異形の王と美しい娘の恋物語は、こうして幕を開けたのでございます。
そして、ありがちな運命の恋は彼女の死をもって幕を閉じる。