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第二話

美羽が事務所に帰ると、すでに他の従業員も戻っているらしく、何台かの

清掃ワゴンが入り口付近に置かれていた。

美羽もワゴンを指定の位置に戻し、はめていたゴム手袋を外す。

 ピンクの三角巾を外し洗面所で手を洗い、セミロングの髪をひとつにまとめていたバレッタを外す。


 洗面所の鏡には、少し赤い顔の自分が映っていた。


 事務所に入ると何人か仕事を終えた清掃員のおばさんが何人かテーブルで

お茶を飲みながらお菓子をつまんでいた。

 

 美羽は終了の報告・挨拶を軽く済ませると、自分のロッカーを開け私服へ着替える為

作業着を脱ぐ。


「ひぁっ!!」


 上下の作業着と下に着ていたTシャツを手早く脱ぐと、美羽の首筋に冷たい何かが触れ

とっさに短い悲鳴を上げてしまった。


 「あははっ! 可愛い声」


 首を窄めて振り返ると、手をパタパタ振りながら笑う友人千春の姿があった。

どうやら千春は冷えた手で美羽の首を触ったようだ。


 この仕事をやるきっかけになった叔母は、千春の叔母である。


 美羽より頭一つ背の高い千春は、スレンダーでスタイルがよく大人っぽく

とても14歳には見えない。

彼女に憧れに似た感情を抱いている美羽は、千春のショートボブの髪型を真似て

髪の毛をカットしようと考えた事もある位だ。

 結局「似合わないから」と、千春に言われ諦めたのだが。。


 童顔で子供っぽい美羽にとっては、千春は憧れ的な存在だ。

今回の仕事も、千春と同じ事をすれば、自分も少しは彼女に近づけるのでは?という

淡い期待もあったからである。


「びっくりした。 冷たいよ」

「ごめん。ごめん。あんまりにも無防備だったんでさ」

拗ねたように言う美羽に、いたずらっぽく千春は笑うと、美羽の隣のロッカーを開け

作業服を脱ぎ、私服に着替える。

「やっぱ社会人の男は良いよね~」

ふっと思い出すかのように千春の言葉に、美羽は肩をびくっと震わせ「えっ?」と

千春に聞き返す。

 せっかく治まっていた顔の高揚がまた湧き出るようで、ドキドキしてしまう。

「他の会社との合同会議とか言って、6階の会議室に朝から社員がわんさか居てさぁ」


 ・・・ああ、千春は6階担当だったっけ。。


何となく腰にまだあの大きな手の感触が残っているようで、落ち着かなくなる。

中学は共学だから、男の子に免疫が無いわけではない。


なのに、異様に識してしまう自分がなんか・・・嫌だ。


「今週1週間続くみたいよ。仲良くなれないかなぁ」

「1週間?!」

はしゃぐ千春に思わず聞き返してしまう。


 大丈夫。普通に仕事をしてれば目立つことなんてないだろうし、今回の事だって

たまたまかち合っただけだし。大丈夫!


 考えれば考えるほど、自分の子供じみた思考に恥ずかしくなってくる。


着替えを終えると朝の6時半。帰宅し着替えて登校しなくてはならない時間だ。

ビルの裏口から外に出ると、数人の男性社員が携帯灰皿を持ってタバコを吸っている。


 そういえば、このビルには喫煙室が無かったっけ。

清掃員の人もタバコを吸う時は、裏口の敷地内で吸ってる。って言ってたから

他の社員さんも例外なくココで吸うことになってるんだろうなぁ。。


 あのスーツの人は居るかなぁ。。。


 顔もあんまり覚えてないし、勿論 名前も知らないけど。


 ぼーーーっと見つめていると、その中の男性一人と目が合い急いで美羽は目を逸らす。

不快に思われたのかもしれない。軽く会釈をし、早足で駅に向う。


「なになに?大人しい美羽が珍しいぃ~。誰よぉ?」

茶化すように聞いてくる千春に「ないない」と大げさに首を振り否定する。


「私はちょっと頑張っちゃうかも。良い感じの人が居るんだよね~」

 浮き足立っている千春に苦笑いを返す美羽。


 大きな手に支えられた腰が少し熱く感じる。駅ビルのマジックミラー風の壁には

子供の自分が映ってる。

何となく 自分と目が合うのが嫌で、目を逸らすように駅まで早足で向う。


 今日も学校頑張ろう。そう自分に言い聞かせながら。 





*+:。.。…。oо○゜+*:;;:**+:。.。…。oо○゜+*:;;:**+:。.。…。oо○゜+*:;;:*


あれから1週間。全く無駄な心配だったようで早朝会議に出ている社員達と

顔を合わせるわけでもなく、なんなく仕事をこなし、無事に1週間を過ごす事ができた。


 ・・・まぁ・・・現実はこんなもんだよね。うん。


 意図的に男性社員達を避けていた。という事実もあるが、あれからあの男性社員に

会うこともなく、早朝会議1週間目を迎えていた。


 「あぅ~。お腹減ったなぁ・・・。」

最終日って言うことに妙に意識してしまって、昨日なかなか寝付く事が出来ずギリギリの

起床となってしまったのだ。

 いつもだったら軽くおにぎり等を食べて来るのだが、今日は時間が無く何も食べていない。

今にもお腹が鳴りそうで、お腹に力を入れて鳴るのを防ぐと言う無駄な抵抗を試みていた。


 いつもの通り最後の掃除場4階の男子トイレの清掃を終え、チェック表にサインをすると

ワゴンを押しエレベーターに向う。

 こうなってくると腹減りメーターがマックス状態だ。


 ワゴンを押す手に力が入る。


 ・・・うう。。お腹が鳴りそう・・・。


 北側のエレベータ前に到着し、ボタンを押すがエレベーターは6階で止まったままだ。

 6階の清掃をしている千春が利用しているのだろうか。


 美羽は空腹感を誤魔化す為に、体を九の字にし、ワゴンの取っ手を掴みエレベーターの

到着を待つ。


「大丈夫か?」


 焦ったような、慌てたような声が頭上から聞こえる。

その声に反応するよりも前に、大きな手が美羽の肩を掴む。


「ひゃっ!」


 慌てて顔を上げると、眉根を寄せ厳しい顔つきの男性が美羽の顔を覗き込む様に

立っている。

「具合でも悪くなったのか?顔色がわるいぞ」

「え・・・あ・・その・・。大丈夫です・・」


 近い、近い。顔が近いって! 


 真剣な目で見つめられ、男性の顔をまともに見る事が出来ず美羽は視線を下に落とす。

両肩に置かれた大きな手。

 見覚えがある手だ。先週はこの手が自分の腰を支えてくれた。


 「本当に?医務室に行こう。・・ってこの時間じゃ誰も居ないか・・」

美羽の体を自分の懐に寄せるように抱き支えられてる現状に、美羽は軽いパニック状態になる。

「あ・・・あの・・。手を・・汚いです」

 蚊の鳴くような小さな声で訴える美羽に、ピクっと男の手が強張る。


「清掃着だから、手が汚れちゃいます」

 なんと言ってもトイレ清掃員の服だから目に見えなくても汚れているし、汚いはず。

スーツのブランドとか美羽には分らないが、汚させては行けないと言う事位は感じられた。


 かすかに震える声で訴える美羽の言葉に、ほっとしたかのような笑い吐息をつく。

「そんな事、君が気にすることは無いよ」

笑い混じりの優しい声に美羽は小さく首を横に振る。

「お腹が・・・」

「お腹が痛いのか?」


 小さな声で訴える美羽の声を聞き取ろうと、顔を近づける男に美羽は耳まで赤くなる。

「お腹が減ってて。。鳴りそうだったから・・・お腹に力を入れてただけで・・」

 言葉の語尾が恥ずかしさでかき消されてしまい、美羽は居た堪れなくなって小さく後ずさりをし

男の腕から逃れようとする。


「朝食は?」

「今日は急いでて食べてなくて。・・・本当 すみません。大丈夫です」

「だったら・・・」


 男が言いかけた時、エレベーターのランプが点灯し到着音と共に開く。

開いたエレベータ内に視線を向けると、千春が目を丸くしてこちらを見ている。


「失礼しました!」


 お腹に力を命一杯いれて言うと、男の手から逃れるようにワゴンを押しエレベーターに

乗り込む。

 唖然としているはあえて無視し、ボタンを押すと大げさなほどお辞儀をする。

エレベーターの扉はすぐ閉まったけど、顔を上げる事が出来ない。


「いつまでお辞儀をしているのかね?美羽くん?」

「うっさい。死ぬほど恥ずかしい思いをしたんだから、慰めてよぅ」

芝居かかった台詞を吐く千春に、美羽は頭を下げたまましゃがみ込む。


 エレベータから事務所まで意地悪な千春の尋問攻めに泣くはめにあう美羽


「でも不思議だよね。なんで北側のエレベーターに社員さんが居たんだろ?会議室は

南側なのにさ」

作業着を脱ぎながら不思議そうに言う千春に、美羽は分らないと首を傾げる。

「結構・・・つーか、かなり良い男だったじゃん。やるなぁ~美羽ちゃん」

「笑われただけだよ・・・。もぅ 最悪」

脱いだ作業着をロッカーに入れ、私服に着替え終わると美羽は大きくため息をつき

ロッカーの扉を閉める。


「んふふ。そんな可愛そうな美羽ちゃんに、千春お姉ちゃんが良い事を教えてあげよう」

「なに?良いことっぽくない顔だよ」


 無邪気な笑顔の千春にちょっと心が晴れる。・・でも、この笑顔の時の千春はちょっと

危険かも・・・。


「合コンの参加を決めてきましたぁ~」

「はぁっ?!」


 大げさにはしゃぐ千春に、美羽は唖然とするしかない。


 だって 私達中学生だよ?14歳だよ?忘れてませんかぁ?!


「私はパス! つーか千春もパスしなよ!絶対ダメだからね!」


 ひたすら力説する美羽に千春はケラケラ笑いながら「大丈夫だって」と

あしらわれる。


 大丈夫な訳ないじゃん。


もはやため息しか出ない。


 今日は金曜日で、夕方から合コンがあるらしいけど、1日かけて千春を説得しようと

心に誓いつつ、事務所を出てビルの裏口の扉を開ける。


 ばたばたしていたから、いつもより時間が遅くなってる。もう6時45分。


 朝ごはん・・・どうしよう。。


 帰宅して急いで着替えないと遅刻しちゃうなぁ。かと言ってコンビにでご飯買って

学校でこっそり食べるしか無いかな。


 腕時計を見ながら時間配分を考えていると、「森さん?」と 苗字を呼ばれ、足を止める。

 声がした方を振り向くと、先ほどの男性が小さな紙袋を美羽に渡し「じゃあね」と

足早に喫煙スペースからの通用口に向かい、ビル内に戻っていく。


 ええーーー? なんで?何でぇ?


 ぽんっと当たり前のように渡された紙袋を持ち、呆然な美羽。

少し温かい紙袋からはパンの良い匂いがする。。


「あっ、それ。。。会議室で社員の人達が食べてたホットサンドの袋じゃん」

袋を開けてみるとハムとトマトのホットサンドにミルクティーが入っていた。


「貰っちゃって良いのかなぁ」

「良いじゃん。余りモノかもしれないし」


 袋を眺めながらふと腕時計を見ると50分を過ぎていて、二人は慌てて駅に向う事になった。


 些細な事だけど、気にかけて貰えた事が嬉しくて、顔が綻ぶのを抑えながら美羽は

紙袋を大事に胸にしまうように早足で駅に向う。


 これが最終日でよかった。。余計な期待をもうしなくてすむもん。。


 自分にそう言い聞かせて。。





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