母子は両想い
ナタリアお母様視点で、レイ君が生まれてから3歳までをさらっと。
「これからどうするつもりなの?」
レイを抱えて出ていこうとした私を、そう言ってマリアが止めた。何も言えない、見るからに世間知らずな私を見かねて、彼女は「何かあるなら言いなさい」と言ってくれた。「私にできる事なら、何とかしてあげられるわ」とも……。
その言葉に、誰かに頼らなくても、レイがいれば生きていけると……いえ、レイがいるから生きていくと、ピンと張っていた気持ちが、プツンと切れてしまった……。
そして私は、マリアに話した。言わなかった私の事情を……。全てではないけれど、彼女は私の話を、ただ黙って聞いてくれたわ……。そして言ったの。「よく頑張ったわね」と……。そう言って、ただ抱き締めてくれたわ……。彼女の温かさに……久し振りに感じた、この身を包む温もりに、恥ずかしいけれど、私は泣いてしまった。
ひとしきり泣いた後、マリアは私に言った。
「木を隠すなら森の中って言うでしょう?」
いたずらっぽくウィンクしながら、彼女は、私と似た境遇の女性達を集めて、同じ家で生活しないかと提案したの。
マリアに頼りきりだった私は、申し訳なくて、それを受け入れるのをためらった……。けれど、マリアは私みたいな、何か事情のある女性の出産を助ける度に、それ以上何もできなくてもどかしい思いをしていたと打ち明けてくれて、そうすることで、私だけじゃなく、多くの女性を助けられるわと言った。そうして私はマリアに頼る事に決めたの。
知らない人達と一緒に生活する事に抵抗があったのは、最初だけ。似た境遇の母親が近くにいるのは、思った以上に心強い事だったわ。みんな、とても強い人たちだった。きっと私よりもつらい思いをしていたり、大変だったりしたに違いない……。それでも、しっかり前を向いて、子供のために一生懸命な彼女達は、とても眩しく思えた。
彼女達や、彼女の子供達との生活は、レイにもとてもいい影響を与えたみたい。
レイが生まれてから3年。みんなと共同生活を始めてからも3年。レイは思った通りの、いえ、それ以上に美しい顔立ちの、心優しい少年に育った。
「あぶないからだめ。かあさんたちにそんなことさせられない」
ある時、住んでいる家の屋根が雨漏りをしてしまって、直さなくちゃと修理道具を準備していた私達を、レイはそう言って止めたの。その言葉に、私とマリア、そして一緒に生活しているエレナやジェンマ、ミランダ達は感激して、すぐに修理をしてくれる人を探したわ。
思えばそれが、始まりだったのかもしれない……。
近所に住むロベルトに頼んで、屋根を直してもらったんだけど、作業をする彼を見たレイの表情が……。初めて見た男性――――見たこともない父親という存在――――を、不思議がっているように見えたの……。
夫の暴力から逃げてきたジェンマや、愛する人から捨てられたエレナとミランダ。彼女達は、男には頼らないで生きていくと心に決めていたから、私達はみんなで助け合って、いろいろ乗り越えてきた。だから今まで、男手が必要なことはなかったの。レイが、自分より年上の男の人を見て不思議に思うのは、当然のことだったのかもしれない……。
その日は一日中、レイのあの表情が頭から離れなかったわ……。
普通の子より多くの我慢をさせてしまったせいか、あまり感情が表れにくい、幼いながらも整いすぎた顔……。滅多に変わらないその顔に浮かんだ、父親というものへの疑問。
ちちおやって、なに?どこかにいるの?……なんで、いないの?
頭の中で、レイがそんな風に首を傾げている気がして……私はその想像に堪えられなくなった。
そしてその日の夜、私はレイに、父親……あの人のことを、初めて話した……。
あなたのお父さんは、生きているわ。……けれど、会えないの……。一緒にはいられないのよ。……でも、あの人を愛しているわ。あなたは、きちんと愛されて生まれたのよ。けれど、……ごめんね、レイ……。私があの人と……お父さんと離れるって決めたの……。お母さんのお父さんやお母さん達とも離れて、あなたを一人で育てるって、私が決めたのよ……。
まだ3歳の幼い子供に、こんなことを話すのは酷だったかもしれない……。きっと半分も理解できないだろうし、いつか忘れて、もっと悲しませたり、悩ませたりするかもしれない……。けれど、思ったの。……レイならって。レイなら、きっとわかるんじゃないかって、思ったのよ。この子は、年の割に賢くて、大人びたところがあるの。そうならざるを得なかったのね……きっと……。
レイには本当に申し訳ないくらい、我慢をさせすぎているわ……。まだ3歳なのに、我儘も言わずに私達を助けようとしてくれるのは、たぶん我儘というものを知らないから……。我儘を言って困らせるということを、覚えていないのよ……。そしてレイは、自分が誰かに甘えることよりも、誰かを甘えさせることを優先しているような気がするの……。あの子は本当に、優しいわ……。
「とうさんがいなくても、かあさんがいればいい」
そう……。レイはそうやって、私の事も甘やかすのよ……。生まれたときから、私に優しくて、……私の事を許してしまうの。そしていつも、私はあなたに甘えてしまう。……あなたの優しさに。
「かあさんがだいすきだから、かあさんにいてほしい」
……あぁ、もう……!
「――――……レイ……!!!」
泣きたくなるほどうれしい言葉に、私はありったけの愛しさを込めて、レイをぎゅっと抱きしめた。
それから1年も経たないうちに、それは起こったわ……。
「――――……やっと、見つけた。……ナタリア……」
「っ、あ…なた……」
はい、毎度のことながらいろいろ端折りましたが……もう慣れて下さった方もいるのではないでしょうか……?すみません本当に……。でも、今回はちょっと長めなんですよ!そして本当はもっと長かったのですが、読み返してなんかグダグダしてるなぁと思ったので、少し削りました。
……削ったせいで、補足すべきところも出ました。では恒例の(?)補足を。お母様は実は良いトコのお嬢さんです。だから世間知らず。多分本作では一、二を争うぐらいレイ君のことを理解している人になる予定なので、理由など勘違いしつつも、レイ君が普通の3歳児ではないと気づいています。本当は中身成人なので我儘言うほど子供じゃないだけです。表情変わらないのも、前世譲り。きっと前のお母さんの所に表情筋を忘れてきたか、表情筋が凝ってカチカチになっているかでしょう。
そして最後の3行。あくまでさらっとが目的なので、早々に「あの人」を登場させます。