見えなかった真実とその代償
スチュアート視点です。事件の最後。だから長め。
「――――ボスっ、お怪我は!?」
「……いや、ない。――――お前達は……?」
呆然としていた私に、アルベルトが勢い込んで尋ねた。私はどこも怪我をしていない。それは、アルベルトや他の部下達も同様だった。いえ、と首を振るのを見て、私は視線をアルベルトから外す。
何が、起きたのか。
私の頭は未だに、立て続けに起こったショックから立ち直れていないらしい。……全く、ボスとしてあるまじき失態だ。だが、それほどまでに奇妙な光景が、目の前に広がっていた。
アルベルトやルーベン、他に数人の部下達と、ヴィンセント。ヴィンセントの頬に付いた傷以外、誰一人として血を流していない。
それに対して、ジーノやヴィンセントを傷つけた男、そしてその他の数人の侵入者達は、皆一様に血の海に倒れ伏していた。額や胸などに一つずつ、穴を開けて――――。
これはどういう事だ――――?誰が、やったのだ?
そして何故、レイがいない――――?
最後に見たレイは確かに、私に銃を向けて撃ったはずなのに。何故私も、私の部下も、誰一人怪我を負っていないのか。
「レイはどこだ……」
「ボス……」
「レイはどこにいる!?」
後から思えば、この時の私はどれほど正常ではなかったのだろうか。完全に、心と体が切り離されていたとしか思えない。
「私の前に、今すぐレイを連れてこい!――――引きずってでもだ!」
そう叫んだ時、私の感情を支配していたのは、レイへの怒りか、絶望か、私自身に対する嘲りか――――。激情であった事は間違いない。だが、どれなのか、全く思い出せなかった。
「――――ボス!!」
「ご無事ですか!?」
屋敷に異変を感じ、出払っていた部下達が戻ってきたようだ。口々に身を案じられ、大丈夫だと返す。
すでに屋敷内に侵入していた者達は一掃されていた。リーダー格であったジーノがここで死んでいるのだから当然か。
「――――……グレン=ベネット」
私は部下達の中に、レイに付けた男を見つけ、名を呼んだ。
レイと共に現れた侵入者の中に、グレンの姿はなかった。また、ラウルと連れ立っているところを見ると、この男は襲撃に関係していないのだろうと思えた。
「……ボス」
「お前はレイの側で、何をしていた……?私がお前をレイの部下にしたというのに、何ていう有様だ!レイが私を……ゼフィレリ家を裏切ったのだぞ!?」
私の叱責に、グレンはますます項垂れた。その姿にさらに怒りが沸く。
だが、その私を止める者がいた。ラウルだ。
「ボス、落ち着いてください。レイ様は……レイ様は決して、裏切られたのではありません!」
「…………な、んだと……?――――レイは……私に銃を向けた。これが裏切りではないと?」
「――――違います……」
ラウルの言葉に更なる衝撃を受けた私に、グレンが沈痛そうな面持ちで口を開いた。
「……レイ様は、ボスに申し出られた通りに、“銀の回廊”を一掃されたのです。……ヴィンセント様のために、ご自分の身を犠牲にされてまで……」
「ヴィンセントの、ため……?それは、どういう」
治療のため、今はここにいない息子を思いながら、私は困惑した。レイがした事はヴィンセントのためだとは……どういう事なのか?
「レイ様は以前私に、……ご自分がゼフィレリの次期ボスに相応しくないとお考えである事を、打ち明けてくださいました」
「なんだと?」
レイが、ボスに相応しくないと考えていた……?――――そんな事、あるはずがない。レイは……よくできた子だったのだから。……自慢の、息子だった。
「レイ様は、ヴィンセント様こそがボスに相応しいとお考えでした。ヴィンセント様を次のボスにするのはどうすればいいのかと、悩まれておいででした」
……全く、知らなかった。レイがそんな事を考えていたなんて……。
「……そして、ご自分とヴィンセント様の存在がいつか争いの種になる事を、危惧されていたようです」
「そんな事……!」
二人とも、私の大事な息子だ。争い事になるなどあり得ない。しかしなぜか、喉がくっついたかのように、それ以上声を出せなかった。
「昨日……、ボスの下に行かれる前にレイ様は、こう仰いました……。――――もうここにはいられない、と」
「っ!?」
「そして……そして、レイ様お一人で敵の下へ乗り込まれ、味方だと信頼させてから、機を見て内側から一掃し、ご自分がすべての罪を被られる事で、次期ボスの座から外れるようになさったのです」
そんな事を……私はレイに、そんな事を考えさせていたのか……?恐らく私が招いてしまった未来の争いの種を、自分も含めてレイに全て刈り取らせてしまったのか……。
「なんという、事をっ……」
急に目の前が真っ白になる。ふらりとよろけた私を、ラウルが支えた。その手は微かに震えている。
「ボス、申し訳ありません……!」
「それは、何に対しての謝罪だ……?」
「……俺は侵入された時に、レイ様から内密に、ビアンカ様とヴィンセント様の事を頼まれていました。なのにっ、ヴィンセント様の身をお守りする事ができず……!」
レイがラウルに、ふたりの事を頼んでいた……?やはりあの子は、あのふたりを傷つける気などなかったのか……!
私はなんという間違いを犯してしまったのだろうか。あのような事態だとはいえ、息子を――――レイを疑った。父である私だけは信じてやらねばならなかったのに、怒りに我を忘れ、真っ先に疑ってしまうなどとは……!
それだけではない。私はあの子に、何をした……?
銃を撃った――――。
反撃の機会を窺っていたというレイ。あの時向けられた銃口は、私ではなく、私の背後で銃を突き付けていた男を狙ってのものだったのか。
何食わぬ顔で私の自室にいた、その部下。内部で手引きをした内の一人なのだろう。私の身を案じる振りをして、ジーノ達が現れると同時に、私に銃を向けた。その男もまた、絶命している。顔に一発食らっているが、レイの腕前ならあり得る事だ。
支えているラウルから身を離し、よろよろと歩きだす。向かう先で倒れているのは、ヴィンセントを傷つけた男。この男には、眉間に一発。
レイは最初に、この男に向けて銃を撃った。それから私の背後にいた男を撃ち、……私の銃で右肩を負傷しても尚、ジーノ達を殺した。
全ては私と、ヴィンセントのため……。それなのに私は、レイを撃ったのだ。息子を傷つけた者に怒りながら、もう一人の息子に怪我を負わせたとは、……なんという、皮肉……。
「グレン……、レイは、息子は、どこにいる……?」
謝らなければ。全てを謝り、許しを請い、父親としてあの子を抱きしめたかった。だが、そう尋ねる私に、グレンは静かに首を振った。……嫌な予感がする。
「レイ様は、出ていかれました……。まだ、近くに居られるかもしれませんが、……お戻りにはならないでしょう。――――……出ていかれるつもりで、事を起こされたのです」
あの子が……レイが、何の考えもなしにこんな事をするような子ではないという事はわかっている。だが、そこまで……全てを捨てる覚悟をしてまでだったとは……。
……私は本当に、だめな父親だな。ナタリアに顔向けできない。彼女が愛し慈しんだ私達の息子に、父親である私が、銃を向け、全てを捨てさせたなんて……。
ゼフィレリ家襲撃事件で、組織を脅かしかねない不穏な勢力と争いは消えた。だが、その代償として、私はレイを――――息子を失った。あの子の父親である権利を、この手で永遠に失ってしまったのだった。
ダディは頭に血が上ってしまうと一直線。ボスとして裏切りは許せないのです。それが無条件で愛する息子であっても、でした。たぶんうまくいってない(と思っている)レイ君だったから、というのもあるかもしれません。
最後ちょっぴり反省させましたが、簡単には許しません!だってダディ視点難しかったんだもの!何度いらっとして書き直したことか。だからダディ視点は投稿する時間が少し遅くなってしまいました。
次回はレイ君視点で、事件でのレイ君の事情を。さらっと書きます。




