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幸福を示す羅針盤  作者: 夏波
本編
26/39

息子との距離

スチュアート視点です。初ダディなので、事件前の事から。


 思えば、レイは昔からよくわからない子だった。



 あまり表情が変わらないのは、妻譲りなのだろう。彼女も、とても美しい女性だが、その表情から気持ちを察する事ができなくて、私は幾度も不安になった事だ。だが、レイの整いすぎた秀麗な顔立ちは、彼女以上に内面を見せなかった。






 私の不用意な発言のせいで屋敷を出ていってしまったナタリア。彼女を見つけ出せず、気づいたら5年も経っていた。漸く探し出せた時、彼女は子を産み、母親になっていた。その子が私の息子、レイだ。



 だから私が初めてレイと会った時、あの子はもう4歳になっていた。一人で母を支え、守っていたレイ。迎えに行かせたラウルが、あの子の子供らしからぬ様子に驚き、感心したと報告するほど、しっかりした子だった。目がボスに――――私にそっくりだ、と。






 レイは決して、誰かに甘えなかった。負担にならぬよう、迷惑をかけぬようにと、早くから自立しているのだ。

 その事を、ナタリアは自分のせいだと責めた。自分のせいで、レイが子供らしく成長できなくなってしまったのだ、と――――。


 だが、それは違う。悪いのは私なのだ。不甲斐ない父親である、私のせいなのだ。





 何とか償いたくて、今更かもしれないが、父親らしい事をしたいと思った。だが、何をすればいいのか、まるで見当もつかなかった。




 ……私はレイの事を、何も知らないのだ。




 問題を解決するのには金が重宝するが、まさか息子に金を渡す訳にもいかない。それ以外の方法を知らない私は、恥を忍んでレイ自身に何が好きかと聞いた。そして、レイは本が好きだと知った。


 4歳ですでに、読み書きが完璧だというレイ。調べさせた事によると、計算の能力も優れているようで、私がレイを引き取る前にあの子の教師だった者は、研究者レベルの問題をやらせていたという。






 勉強が好きで、学ぶ事に貪欲なようだ。ならば、本はいくらあってもいいだろうと思い、屋敷の一角にレイ専用の図書館を作らせようとしたのだが、すでに屋敷の図書室にあるもので十分だと、レイ自身に止められてしまった。秘密裏に進めさせていたのだが、レイは気づいてしまったのだ。



 それでは何か欲しいものはないかと聞いてはみたが、遠慮しているのか、何も言ってくれなかった。……レイが感じる父と子の距離を突き付けられた気がして、私は哀しくなった。そんな資格などないのだが……。






 そんな私を見かねてか、レイは一時間でいいから、私の時間が欲しいと言った。




 ……なんて優しい子だろうか。




 ナタリアが言っていた。レイはとても優しい子だから、人を簡単に許してしまうのだと。レイは私の事も許してくれるのだろうか……?






 その一時間という短い時間の中で、私はレイにポーカーやブラックジャックなどのカードゲームを教えた。かつて、私が父に教えてもらったように。……教えた直後の初めてのゲームで、ストレートフラッシュを揃えてくるとは思わなかったが。











 ゆっくりとではあるが、着実にレイとの間に良い関係が築けている……。そう思っていた私に、そんな事はないと思い知らせたのは、ナタリアが亡くなってからの事だった。



 生まれた時からいつも側にいた母の死。だがレイは、決して涙を見せなかった。……いや、泣けなかったのだ。哀しんでいるのに、その哀しみを表す事ができないのだ。

 まるで眠るように息を引き取ったナタリアを、レイはただじっと見つめていた。


 幼子は、安心できる場所で初めて、痛かった、怖かったと泣く事ができる。守ってくれる存在が側に居る事を確認してから、大声で泣く事ができるのだ。



 ナタリアを見つめるレイの表情は、その相手を探したが見つけられず、不安に思うが泣くのを我慢して待ち続けているように見えた。……私では、レイが安心して泣ける存在にはなれないのだと、正面から突きつけられた気がした。






 レイは哀しみを物にぶつけるようになった。元々監視される事を嫌っていたようで、屋敷に引き取った当初から、監視カメラの角度を変えたり盗聴器を壊したりしていたが、ナタリアの死をきっかけに、自分の身まで傷つけるのではないかと心配するほど、カメラや盗聴器を仕掛けた物を壊すようになったのだ。


 レイの事を気にしつつも、ゼフィレリ家のボスとしてやらなければならない事があった私は、どうする事もできなかった。……それだからビアンカに、父親失格だと言われてしまうのだろう。






 そのビアンカや、レイの部下として側付きにしたグレンの助けもあり、不安定だったレイの状態も良くなっていった。


 だが、何よりも助けになったのは、ヴィンセントの存在だろう。






 ナタリアの最後の願いは、私とビアンカの再婚だった。彼女らしいと言えば彼女らしい。そう思ったのはビアンカも同様で、なんだかんだ言いつつも、私のプロポーズを受けてくれた。

 隠し事はしたくないと、レイに私とビアンカの再婚の経緯を話したが、あの子がどう思ったのかはわからなかった。ただ、ビアンカを母と呼べない事や、その理由が私だとビアンカに責められた事から、よくは思っていないのだろうと思った。ビアンカに対しては、母と呼べなくてもナタリアの生前と変わらぬ態度だというから、私に対してのみのようだ。



 親友の残した息子であるレイを、ビアンカは実の子として可愛がってくれた。そんな彼女に対してレイも、その気持ちに応えるように接していた。

 余所余所しさはないが、本当の家族のような親しさもない。不思議な家族の形だった。



 その微妙な家族の状態を変えてくれたのが、ヴィンセントだ。わだかまりを残す私を通して血の繋がりがある弟の存在は、予想に反してプラスに働いたようだ。



 レイはビアンカをお母さんと呼ぶようになり、私とも今までよりよく話すようになった。ヴィンセントの事も大切にし、慈しんでいた。


 ビアンカの部屋で、眠るヴィンセントを囲みながら3人で話をする。暇さえあればそうしていたいと望むほど、楽しい時間だった。

 私とビアンカとレイ、そしてヴィンセント。事情は複雑かもしれないが、親子としてこれからうまくやっていける。そう確信していた。






 成長しても、それは変わらない――――。そう、信じていたのだが……。


今まで意識的にダディ視点を書かなかったのは、事件を受けて動揺するダディがレイ君について考えるという形で心情を書きたいなぁと思ったからなのですが、いかがでしたか?

次回は事件について。

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