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名の無い彼と名無しの彼女  作者: 水口 秋
第二章、皆様に更なる世界への導きを。
47/50

『ポロリ』もあるよっ。ロリッ娘の。ポロリだけに…。

《彼ト彼女》


彼には独自の律があった。それは本当に一個人にしか適応できないであろう自意識の塊。

書き換え不可能で置き換え不可能の思考方法。

名前を失って身に付けた処世術だった。

と言っても―――名前を失ったことを初めから知っていたのではない。

彼女との邂逅で、その事実を会得した。

偶然だったっだろう、突然だっただろう。


体の芯まで滞るほど寒い日の事だった。ジンジンと指先・首元の血行がイイところがなるのが分かっ

た。血流の熱と外気の冷が冷戦を起こして異常な痛みを発している。ちくちくちくちくと。

彼は思う。どうして俺はここに立ってるんだろうと。それは仕方がない。知らないから。彼の脳の海馬は空っぽだった。記憶としての記録は存在するが、記憶としての記憶は存在しない。つまりは人との関わりなどのエピソードの記憶は無い…―――と言う事。

雪がはらりと降る。元々外気温が異常数値を示すほど低く、耳にはもう感覚が残っていないほど寒かったのに、ここで雪が降る。関係無い。その程度の寒さが上乗せされても関係ない。

彼は思う。彼は感じる。

頭に、髪に、鼻に、頬に、肩に、靴に、雪は舞い降りる。舞い落ちる。だがその降りた雪は短命の命を更に熱によって削ってジワリと熔ける。

一歩、地面を踏む。単なる単純な体重移動、それだけで冷たい冷気は空気の密度の変化によって微風となって彼の体温を執拗に蝕む。

――はぁ。そう彼は息を吐く。その口からでた二酸化炭素を含んだ吐息は一瞬で温度が低下し、白く曇る。

もう一歩、踏み込む。


記憶を探る。記録としか残留していない記憶を。

ジャリ、ジャリ、と頭が変な音を立てるような気さえする。何も考えられなかった。その原因を知る由もないが。断片を掴む。決して放さないように。記憶の断片。家族との…記憶。温かい、この身に染み込む寒さを除外できるほど温かい記憶を。


「―――――、さっさとしたくしなさーいっ」この語尾を微妙に伸ばす言い方は…。母が言った。始めの方の音が潰れていて思い出せない。

「凄いじゃないか―――――。うれしいぞ」少し気取った言い方をする男らしいのは…。父が言った。後に続く言葉が分からない。これは何だ。


彼は困惑する。


「―――――おにーちゃん。ここってどうやってするのー?」幼くも(しっか)りとした甘い声。女の子らしいのは…。妹が言った。「おにーちゃん」の前の言葉が分からない。普通なら何かの名詞が来るはず。ならコレは…、これらは俺に向かって言われているのか。


潰れて、掠れて、無音の部分は…俺の名前?いやいや、そんなはずはない。


彼の困惑は疑惑に変わって疑念となる。だが、それらを証明する方法は一切合財存在しないことを彼は心では理解している。頭ではなく、心で。

かぁっと寒さを打ち消すほど熱い、焦りを具現化したような熱が身体から込上げる。「何とかしなければ」と何もならない状況で彼は。


―――ざっ。

――――ざっ。

―――――ざっ。

――――――ざっざっ。

―――――――ざっざっざっ。


はあっ。一気に肺にため込んだ熱い溶岩のような息を吐く。

―――ざっざっざっざっざっざっざっ。

数歩踏み出して止まる。

立ち止まる。

自分が何をしているのか…自分で理解できなかったから。

「…俺は、一体」

しかし、何か引っかかる。かすかな凸がある。突起が平面に一点だけ存在する。

それが一体何なのか。寒さが指先を刺す。熱を保つために拳をぎゅっと握る。

一度、はぁーっ。っとゆっくり長く吐きつける。


一歩。ニ歩。続く三歩。その間隙を埋めるように四歩。さらに五、六、七、八と歩みを進め、さらには歩みは強歩に、そして走行へと、疾走へと変わる。恐竜の時代から今の時代への進化の過程を進むように、徐々に徐々にその速度は上がる。


―――ざっざっざっざっざっざっざっ…―――たったったったったったったったたたたたた―――――――!!


何が何だか知らないうちに走った。無知の知なんて関係ない。知らない事を知るなんていう矛盾はいらない。まるでそんな考えがあるようだった。何か成さねばならない。だがその目的が一見では読めなくて、走る。走って走って走って―――その考えから逃れるために必死で。


はぁっはぁっはぁっ、はぁっ、はあっ!!―――――はっはっはっ!!はっはっはっはっはっ…――――――!!


肺の空気を必死で循環させて酸素と二酸化炭素の需要と供給を対等にする。天秤にかけてもどちらか一方に傾かないように。傾斜をなくすために。


走った。周りの景色なんて見ずに彼は走る。走って走って目的地なんて無く、(あて)なんて無いのに走って走る。

何処へ向かうのさえも定かではない。だが、彼の表情は一転してそれがどうしたといったようすだった。


恐らく彼は光を求めていたのだろう。光の―――在る場所へ。辿り着きたいと、その道程は分からないが。希望の光。そこには到底に辿り着けはしないだろうと、彼は皮肉交じりに唇の端をゆがめる。


幾許かの時が過ぎた。外は今まで以上に冷たくなって、時間まで凍結してしまうかと思うほど。時間はもう夜の(とばり)が降り去ってしまい、辺りは月明かり以外の明かりはない、黒色の世界となった。

―――んはぁっ、はぁあっ、はあ、はあ、はー。

途中で数回転んだのか身体の所々に擦り傷が見受けられる。一体何がしたいのか分からない。

両膝に手を付き、高まった鼓動を落ち着かせる。ドクンドクンと血液の流れを創り出す臓器の機能を多少休止させようとする。涙が眼の端から滲み、伝う。寒さとつらさが一気に押し寄せてくる。胸倉を掴まれているような不快感に顔を歪ませる。もはや自問自答のし過ぎで思考回路が摩耗して、痺れて、てんやわんやになるのが分かった。




―――カツッ。


――――カツッ。


―――――カツッ。


カツッ―――――――――――――。


コンクリートの堅さがヒールの高音を反響させるのが聞こえる。その音は寒さと混じり合って更に彼の鼓膜を瞬間的に震わす。その足音は目の前で止まる。

その音源以外の立てる音は鈍く、耳にははっきりと這入って来なかった。と言うよりは、もはやそれ以外の音は無かった。だがそれが常識のように彼の頭は拒絶していた。多分、コレが彼自身が彼に与える律の一つ目だったのだろうか。

だが、彼は膝に視覚を落として視点を上げようとしない。

まるで、聖母マリアの前にいるように。声をかけられるまで顔を上げないように。

ダークグレイの世界――鈍色の世界で固まっているように。古いブリキのように。


落ち着けよっ、俺っ。

彼の顔はそう言っている。

呉越同舟。とは違う。だが、同じ穴の狢のような。

自分と同じ『種類』の人間だと思った筈だ。同じがどういう意味を持つのか知らない。

だが、共通点がある……と感じた。目の前の人間には。


「uuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう…―――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!」


咆哮を上げる。どうしようもなかったから。精神は異常を来していた。対処できなくて耐えられなくなった。普通の人間にそんな耐性は無いだろう。自分が何なのか理解できない状態でいられるなんて、常人ではない。

その分、今の彼は普通だった。まぎれもなく。


そんな彼に、足音の主はささやく。そして、ある一つの言葉を紡ぐ。



「―――――――…キミ、あたしと『同じ』だね。あたしたちは、あたしとキミは多分…」


眼の前の人間は女性だった。その声には慈愛の響きがあった。

まだ彼は視界を上にあげない。だが、軽く喉が震える。ゴクン。いや、ゴクと。半分の動作。

意識が、聴覚が、視覚が、感覚が、クリアになるのが分かった。

鈍色の世界が剥がれて透明の、自らの立ち位置さえ透明の意味不明の世界が彼自身に訪れた。


彼と彼女が出会った瞬間。彼女と彼が出会った瞬間。それは偶然のような必然のような当然のような突然のような邂逅だった。

「…―――――――そう、俺と『同じ』だろうな。俺たちは、俺とキミは多分、絶対に…」


そして、彼と彼女は互いに互いを証明できる事を…しった。

一人だけでは、無謀。

彼だけでは無理難題。彼女だけでは机上の空論。

一人だけでは、悪魔の証明。


だが、二人なら。何も知らないお互いはお互いを証明できるのではないのか。

いや、彼女と彼は確信している。互いが互いの代替者(オルタナティブ)ではない、互いに《アイデンティー》を持つのだと。そしてドコか懐旧の情かきたてると。




「名無しの」「名の無い」「「人間」」



「だね。やっと出会えた」

「俺はキミを探そうとはしていなかったけど」

「あたしは捜したよ。捜して、探して、偶然…出会った。キミがすごいスピードで向こうからやってきて」

「俺はただ走ってただけだった」

「だったら運命だよ」

「天の采配ってやつか」

「そうだね」

「そうだったらいいな」

「じゃあ…――」

「あー、そうだな」

「これから」「よろしく」



ここから、名無しの彼と名の無い彼女は実質的に始まった。


「……―――――――」

「―――――――……」


どちらが彼でどちらが彼女か。区別は必要。

だが、線引きは必要悪だろう。

もう、この時点で彼らは運命共同体となった。


彼は初めて視点をあげ、彼女を見据える。

涙を流した後の水分が潤沢とした(まなこ)ではうまく焦点が合わせにくかったが、それでも見据える。

長い黒髪の女、黒の瞳、対照的に白い肌、赤色を基調としたドレスに似たとてもじゃないがこんな寒い日には着れないような服。その服は身に纏うように少しピッチリとしている。そして、赤色の高い、高い、ハイヒール。


上半身を直立して、視線を合わせる。彼女と。

スッと白い手を胸元辺りまで持ち上げ、彼に向けて差し出す。

彼はその左手を包み込むように優しく左手で握る。


そう、彼と彼女は――――。


俺と彼女はここから始まった。


―――…ちょっち物思いに耽りすぎたなー。

てゆーかなんじゃいなここは?

徹頭徹尾意味分からん。

てゆーかなんじゃいなここは?

大事な事だから二回言ってみたりしたり。

あー、夏だってんのになー。てゆーか、今何日だよ。まだ一日も経ってなかったりして。

あーー、アイス食べてーなー。

なんだか知らないところで知らない奴に死んだことにされた気がしたんだけど、まーいいか。

それよりも、やらなきゃいけないことはここから脱出だよな。

このヌバヌバと納豆のように身体に粘りついてくるような雰囲気の空間なんて御免だ。

お役目も御免だろう。一生俺には。


まずはー、彼女を探さなきゃな。

黒髪自称美少女のスケブラ彼女を。

あー、破けてたらいいなー。

ポロリもあるよっ!!いやっ、どこの部分がとは言わないぜっ!!!!!!!!

焦ってエクスクラメーションマーク大量に使っちまった。

いやいや、期待してないから。

もしかすると…なんてつい本気で考えて妄想したりしてないからっ!!

ふー、あわてちまったぜ。

べつに触手で胸とか強調するように締めあげられて、触手から出る液体で服だけ溶かされてて「キャー助けてー」とかってな感じのシュチュエーションにバッタリ運命的に超偶然に超超超ー超偶然に偶然の132乗ぐらい偶然でついついそのあられもない姿を見たりしたかったりしないからっ。

それだけ期待してるわけじゃないからなっ。何回も念を押すようだけど。


もう何が何だか分からねーからあの陸上競技場で死んだ俺に話しかけてきた気持ち悪い奴の死に顔でも思い浮かべよっと。…………オエ。


あー、アイス食べてー。いや唐突だな。

けど、気分はスイカ○ーだよな。

○イカバーの種だけどこかに売ってないかなー。あれおいしいんだよな。何故か。

冷やしてポリポリ齧りたいな。

イチゴの蜜のかかったかき氷の上に種降りかけたら一緒じゃないかな。

こんどやってみよっと。


さー、ポロ…リじゃなくて彼女を見つけに行こうか。

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