「日常」を日々の生活で実感している人は世界中で一体どのくらいいるのだろう。「裏」を常に意識する人には「日常」ほど適当なものは無い。
《接触・参》
―――香川県
うどんが特産の日本一を争う程の小規模の県であり、四国の四つの県の一角。そこは結構な山が存在しており、ある山の一角の斜面に赤皿藍理と苛納柁維佑は立っていた。
「何ゆえ私を追うんだ」
少し離れた距離の人外と思えるような形が言う。その人外は、アイルランドの神話の妖精だろうか。生まれたての赤子の様な色の肌をし、身体にはオオカミみたいな毛が薄く生えており、手足は大きい。そして、手に持っているものは両刃の剣。レイピアほど細くなく、両手で持つほど大きくも無い。片手で持てる程度の丁度良い大きさの両刃剣、だった。
「レヴェルイーター=バンジー、お前を生かしてはおけない」
維佑は言う。
「この香川の地でお前は五人もの赤子を殺している。もはやこれは殺戮に近いよ」
藍理は言う。
「私は死を叫んだだけだ。云わば『呼声』を放っただけ。まぁ、呼声は命の灯火が弱い者に対しては命を奪う声になるがね」
バンジーは全く悪びれもせずに流暢に喋る。顔は結構な美人少女であり黒髪のロングなのだが、声が異常なまでに顔にあってなく、老人の男の声だった。隣に生えてある一本の樹の幹の表面を左手で触れ、メシリと掴む。驚嘆が生まれる。樹の幹に指が減り込んでいる。驚異の握力だ。
「そんな握力を持っているならそこらの犯罪者を見つけてメキリと首を折ったら治安の維持に貢献できるのに」
維佑は腰に巻いているベルトから肉厚のファイティングナイフを一本抜き、みの入っていない会話をする。当然、顔はバンジーを見据えている。
「ま、ソレはそれでいけない事だから狩るけどね」
藍理は腰の両脇に据えている忍刀を鞘からシャリィンと抜く。殺気を軽く放ちながら、こちらもみの入ってない会話をする。当然、顔はバンジーを見据えている。二人とも狩る気満々のようで、姿勢は腰を低くし、背を軽く丸めて、膝の関節を曲げ、バネを溜めこみ、地面の土を蹴って、同時に走り出す。百メートルの世界記録保持者の速さを軽々しく超える程の速さで離れている距離を一瞬にして縮める。まるで四駆のバイクで砂浜を疾走したかのように、二人の背後からは土埃が舞っている。対するバンジーも、二人の俊足と言っても過言ではない早い一連の動作に反応し、右手に持っている両刃剣に左手を添え、即座に次の行動に移れるような守りの迎え撃つ体勢を取っている。
「はぁあああああ―――」
維佑は怒気を放ちつつ、あとバンジーまで五歩の距離で右足を強く地面に踏み込み、五歩を一歩に縮めた。つまりソレはもはや人間業ではなく、恐ろしい早さである。一歩一歩踏み出す速さを超え、飛ぶようにバンジーの懐に入り込む。が、バンジーは守りの迎え撃つ構えを取っており、維佑の行動を先読みしたバンジーは両刃剣を握っている右手を逆手に持ち替え、左手で刀の刀身を押し、地面に向けて、維佑の走り込んで来るタイミングを見据えて、振り放つ、両刃剣の刀身は沈むような青で染まっており、振り下ろされる剣に付いていくように青色の残像を刀身の背後に付けいていた。そしてその剣は懐に入ってこようとしている維佑の首をタイミングよく捉え、早々に首に向かって進んでいく。維佑――は死ん――
「――っ、やb――」
ギィィン―――ババババッと両刃剣から大量の火花がふわりと飛び散った。ソレは時間を止めて見てみると一目瞭然なのだが、あまりに一瞬の事なので肉眼でその瞬間を捕獲することは難しい。ソレは、藍理が両手に持っている忍刀で両刃剣を止めて、次の瞬間弾き、藍理は離脱した結果だった。そして次の瞬間、懐ががら空きで無防備になっているバンジーに無情に維佑は右手で握りしめたファイティングナイフを下方向から薙ぎ払った。
「ぐぅぅあうううううううううううううううううああああああああああああああああ―――!」
ナイフの刀身はもちろん、柄の部分までずぶりと入り、その身体を深く抉り去った。大動脈などがあるのかは分からないが、赤い色の鮮血らしきものが吹き出た。だが、その液体が大地に染みを付けることは無かった。触れる直前で蒸発、もしくは消失したのだ。胸を一閃に抉られたバンジーは激痛に呻きつつ、維佑たちに背を向けて、一目散に逃げ出した。逃げる途中に激痛で離してしまった両刃剣を回収し、山を下る。
「これは…面倒な事になりそうな予感っ」
維佑は頬をヒクツかしながら、藍理とバンジーを追いかけ、山を下った。
《進ミ化ケル》
二人はバンジーを追いかけていた。群青色の葉を虎視眈々と、生命の息吹を感じさせるように生やしている木々の間を二人は抜けつつ、バンジーを追う。百メートルを数秒で駆け抜けるほどの脚力を持つ彼らからすれば、山を降りることなどは一分もかからないのだが。山を降りたバンジーは、傷口から体液を漏放させながら、民家の屋根から屋根に飛び移っている。脚力が異常発達しているようで、民家の瓦は破片を散らして壊れていく。二人は無傷、対して相手は手負い。二人は少々油断していた。だから―――殺された。
命を吸収する叫び声『呼声』を少々見くびってしまっていたようだった。全力の叫び声『呼声』の灯火の炎が大きい人間の命も奪うと。二人は追跡途中にソレをくらい、昏倒し、バンジーの超強力な握力で殴られ、殺されたのだ。そして、死体と化した二人の肉片を喰った。喰らった。肉一片、血一滴残さずに、全て食した。体内に入れたのだ。
―――そして、バンジーは進化した。
いや、昇華が正解なのだろうか。レヴェルイーターの名の所以は、喰らって成長するところにある。普通のイーターは生涯に一体食うか食わないか程度なのだが、バンジーは一気に二体食べた。驚異の成長を遂げたバンジーは、肉体的成長に精神が追いついていかず、只只、喰らうだけの存在になってしまった。
《追撃》
維祐と藍理は悪態を吐いていた。
「クソッ!!取り逃がしたッ!あいつら――邪魔しやがってっ!」
「そう取り乱さないで、まだ――視えているから」
藍理の目にはどうやらバンジーが視えているようだ。だが、その瞳は驚きの色を示している。
「進化…してるよ、バンジー」
「なんだって!?面倒な事してくれやがって、あいつら!」
「どうする?」
「追う。追うしかない。追うしか…今はな」
彼らは手負いのバンジーを追って山の斜面を駆け降りていた。山の緑が薄くなっていき、民家がだんだん見えだした頃、バンジーは思いっきり斜面を跳躍して近くにあった民家の屋根に飛び降りた。そこまでは追いかけていた。だが、飛ぶ瞬間に何者かが邪魔をした。黄色と赤色のマフラーが特徴的な二人の彼らと同じ、《レヴェルイーター》を狩る存在に。
「ここから先は―――あたしたちが代わってあげるわよっ、できそこないの二人組!!」
「…ふんっ!」
男と女の二人組――通称「直立型抹殺人外兵機」と呼ばれている二人組に。
そして――維祐と藍理は二人に横から衝撃を与えられ――斜面に転がった。当然、ものすごいスピードで駆けていたのだから、転がった時の衝撃はとてつもないものだったのだろう。
そして――今に至る。
維祐と藍理は山の斜面から街を――民家の密集を見渡す。いや――感じているのだ、レヴェルイーターの存在を。
「いやな感じはまだそう遠くからはしないな。そっち、距離解るか?」
「いや、流石にそこまでは分からないけど……位置は特定できたよ。Let's are you?」
彼は彼女の問いに答える。バンジーを追うと心に誓いを立てて。
「―――Yes,let's!!」
ここから始まる――彼らの追撃が、そう――――――《仏人》の狩りが……始まる。