「極限」の中で人間という下等生物が行える行動パターンはどれほど少ないのだろうか。
《接触》
そんな無粋な事を頭の中で十五分間ループさせつつ、目的地に到着する。目的地は競輪兼陸上グランドのドームである。地下と地上があり、三階に分けて陸上のトラックがある。競輪は二階の一番上の階のトラックの周りで練習するようだ。トラック自体は斜めってあり、本格的って感じだ。二階は空が見えるトラック。一階は入り口から入ってすぐ近くにあるトラック。地下は、入口のすぐ近くにある地下への階段を通って入る。トラックの大きさから言えば、2>3>1って所だろう。一階と地下は雨の日に大体使う。当然芝や砲丸投げのスペースはなく、トラック競技オンリーって感じだ。今日は二階に用がある。腕に巻いた時計を見ると…八時五十五分だった。定刻の五分前。
ドームの近くの自転車置き場にせっせと自転車を置き、入り口前で待つ。
「うぁっはー、なかなか早く来てるねー」
髪を後ろで縛ってポニーテールにしている黒髪色白美少女カッコ自称が顔を火照らせ、マウンテンバイクに跨り、風を斬りつつ俺の目の前に現れる。家から全速力で漕いできたらしく、汗ボッタボタだ。汗が頬を伝って顎から落ちてる。汗が日光に当たり光って綺麗だと思うけど…現実を直視すると気持ち悪っ。
「…今、あたしの事バカにしたでしょ?」
まさに名探偵と言っても過言ではない洞察力だった。流石は俺の幼馴染らしい。俺の事を良く分かってらっしゃる。
「うん。全く持ってその通りであるね。お前は直感で生きているような女だからな」
「何気に酷い事言うねキミ。さっさと練習しようよ」
美少女は俺との話を早々に切り上げ、自転車置き場にMTBを駐車し、駆け足で俺のところまで来て、俺達は歩き出す。
美少女はハーフパンツに半袖と、俺と同じ出で立ちで半袖の胸のあたりが汗ばんで、少し透け透けになっている。淡い青のブラジャーだった。俺としては青はいただけせんなー。ここは白を俄然押したいと誇張します。っと、危ない。目線がギラギラで欲情してしまいますよ。美少女の癇センサーに引っかかったら一貫の終わり。終わりの始まり。変態扱いされますよ。っと、また視線が…
「キミ、気になるの?」
「何をどこを?」
「ふふっ、なんでもないよ」
「お前も変な事言ってないで、さっさと入ろうぜ」
入口に券売機があるので百円玉を三枚投入し、「高校生」のボタンを人差し指で押す。入場券がガチャリと排出される。美少女も同じ事をし、ドームに入る。一階に入るにはドアをくぐらなければならない。ドアは東西南北に一つずつあって、ドアには入場券の認証口が設置されている。俺らはそれに入場券をかざして、ピピ―と音が生ると長方形のドアの鍵がガチャリと開き、少し力を入れて押す。ぎぎぎーと、特有の金属のこすれる音を立てながらドアは開き、暗い一階のグラウンドが目の中に飛び込んでくる。目は明るく殺人光線の降り注いでいた外から暗く暗殺出来るんじゃね?的世界な中に入ると、目がスィバスィバして殆ど見えない。 即座に二階への階段をさがし、脱出しなければ!
「こっちよ。キミはあたしと何回来てるの?少しは内部構造覚えなさい!」
どうやら俺がウロウロしているのが気に入らないらしく、パシッと手をとって歩き出した。うん。女の子の手だ。プにプにだー。
「ぎゃぁあ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!」
別に殺人事件とか起こってないから。後ろから刺されたりとかしてないから。ジェイソンとか出てこないから。
「キミは一々大袈裟すぎなんだよっ。傍にいるこっちが恥ずかしいからやめてよ」
「ごめす。でもほらっ、日の光に当たったら灰に成るんだよ」
「はいはい」
「ソレって合わせてくれたの?」
「………」
ついついやってしまったようだすね。俺に釣られた様子だな。こりゃー。
二階へあがると、太陽が今の位置か六百キロほど近づいたかの暑さがミクロの槍となってブスブスと刺さってくる。けど…、この景色にはやっぱりこの暑さだよな。この暑さに拍車を掛けるように、てか拍車を何乗もするかのように俺の足元には真っ赤なターバンが敷き詰められている。見ているだけで網膜が焼けてくるぅー。少し意味が違うけど。
そこは燦々と日光が降り注ぐ中、グランドを走ったりする同じ青色のジャージを穿いている中学生の陸上部、ダウンをしている高校生陸上部が内側の芝生の上でストレッチしたり、リレーをしたりする別の高校生の陸上部、幅跳びで砂を散らしたりする一般の方々そのた諸々の光景が目に入ってきた。およそ二十バイト。俺的要領はこの程度。Kにさえなれない景色だ。
あー、氷河期に突入してもいいから太陽壊れてくださいませんか?……あ、ムリ。それはそれはサーセン。
「よっ!今来たのか?」
太陽に向いて悪態を付いていると、長身で短身でがりがりムチムチ骨ばって筋肉質で色白で色黒で坊主頭でロン毛の人間が俺の方へ歩きながら話しかけて来る。因みに、あまりこいつの事を考えたくないからこういう脳内イメージを作り上げているだけで実際はどうだろう。俺は人間を真っ直ぐ見詰める事は出来ないからね。
「お前は暇な人だな。俺みたいな非常識人をここ最近ずっと待って…どうしたんだろ」
「一々癇に障る言い方だ。ま、それでこそ張り合い甲斐があるってもんだ。跳ぶ時呼んでくれ」
ほえー。会話が成立しちゃったよ。
「あらら―――。自分より格下で年下だと思っていた人間に十センチも負けてた陸上青年じゃないですか。それが掛ける三回」
完結した物語に茶々を入れてくれるなよ美少女。何年も寝かして埃を沈殿させた高級ワインを開ける瞬間に横から無理やりぶんどられて、振られまくって、今までのワインを焦がれていた時間を棒に振った様な気分だ。
「お前…、それは言い過ぎだぞ。それが精一杯のジャンプだったんだからあまり追求するのはむごいぞ」
「すまんのーキミ。迷惑掛けて」
「いえいえ、お気になさらず」
喜劇を演じてみる。年老いたじーさんばーさんの演技。たった二回の往復会話。それでも、俺達二人の罵倒でキレたのかは分からないが、陸上青年は大きな声で言う。
「ぜってー勝つっ!首を洗って待っとけ!」
鼻息荒くして子供っぽい事をいけしゃーしゃーと言うなー。じゃー今から池へ行って首でも洗おうかなー。
「お前が変なこと言うからだぞー。あのまま上手く完結させておけばよかったのに」
「キミは生ぬるいんだよ。きっぱりと言わないとこれからの人生生き抜いていけないぞ☆」
右目をパチリと瞑り、変なポーズで俺に言う。瞑った右目から小惑星が飛んでるぞ☆
「んじゃま、そうゆう事で」
「ああ、俺は勝つからな」
「じゃ、そゆ事でー」
気持ち悪い相手に笑顔で気持ち悪く挨拶する。にこにこにこにこにこにこにこにこと額に汗を垂らしながら挨拶する。夏の日差しが余計に気持ち悪さを引き立たせる。スイカに塩をかけるようだ。ふつふつふつふつふつふつふつと湧き上がる。
「じゃぁさっさと始めます…うん?」
《接触・弐》
プシュッ―――ピチャピチャ。まるでシュールストレミングを開けた時に出るような音だった。ん?顔に何か生温かい物が数滴――数十滴――顔に付着する。頬を伝い、唇の端に触れたからソレをいさぎよくペロリと舐める、レロレロレロ。舌を多彩に動かし、口の中でその味を確かめる。うん、超鉄分豊富な血の味だ。左手で左の頬をに触れる。いつもの汗ばんだ頬の感じだ。では右の頬はと…ねちょりとした人間の血液がデロリと付いていた。衛生上問題ありますよコレ。
「あっ…、かっ、お……っ、」
「キミ…前、見て…」
斜め下をボーっと見続けていた視点を前に戻す。気持ち悪い陸上青年が上顎の関節を一閃に切断され血を噴き出して、うつろで充血した眼を俺に向けて、何か言いたげな風な表情で、ボトリと落ちた。ん?何がって。んなこと分かってるだろ。上顎から上だよ。
どちゃりっ――
上顎から上は元の繋がっていた身体にサヨナラも言わずに、無言でズルリと傾いて…重力に掴まれて地に墜ちた。肉片だアレは。肉片だアレは。放送禁止であーるじゅーはちになりそうだからモザイクかけとこっ。かちかちっとな。目がこっち向いてるし。充血してますねー。眼科へ行った方がよろしいのでは?顎が斜めに進みだした辺りから、耳の機能が機能しなくなっていた、ぎぃーんと鼓膜がどうなったか知らないが、脳が機能しなくなって、目の前が歪んで、嘔吐感が胃から込み上げて来て、ドシャリと今日朝食べた多量の卵かけご飯が真っ赤なターバンの上に真っ黄色な染みを作った――――――――――――――――――――――――――――――――りはしなかった。
「キミ…、こうゆうの見ても大丈夫なんの?」
ああ、後ろにいたんだ美少女。無言で顔色を見ると、いつもと変わらない表情だった。
「頭のフィルターでシャットアウトできるから大丈夫。で、これは何事?」
「あたしは分からないよ。どう考えても上顎から上が無いってだけで…」
どしゃりっ
頭と言う名のアクセサリを失って、ついでに重心まで失った身体が地面にドンっと受身を取れず正面から無防備に倒れる。手を付きなさい、手を。言っても聞かないだろうけど。
頭が地面にぶつかった衝撃で頭から出ている鮮血が激しく飛び散ってジャージに染みを作る。ジャージに不吉な黒点が出来る。
「…ってだけで…後は……………」
美少女は言葉を紡げなくなり、虚空の時間がただただダラーっと流れだす。水――血も滴る良い男?になってますよ。お悔やみ申し上げます。そこで、その時、周りが異常に静かになっている事に気づく。初めはコレが周りにも見えて、それで動きが止まって静かなのだろうと思っていた。死体に目を向けている間は。死体に穴が出来るほど凝視していた間は。だが、ソレは、t――
「キミッ!周り!あたし達以外、全員死んでる!」
その台詞で周りを見渡す。見透す。見通す。見徹す。
エム―――エイ―――ケイ―――ケイ―――エイ―――makka―――マッカ―――まっか―――変換しましょう。―――真っ赤。
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
血
辺り一面血だらけだった。総勢二十八名。血だまりの数を数えてみた。見取り図を描けばこうなるかな。それぞれの死体の好みなのだろうか、身体の部位が一つづつ地面に落ちている。いや、必ず違うけど。走っていた高校生も、芝の上でストレッチしていた高校生も、中学生も、一般の方々も、全員永久の眠りについていた。ま、俺は人の惰眠は邪魔しないタイプだから!こうなったら邪魔できないし♪
「一瞬で…俺達以外の人間が死んだ。有り得ないな」
自分で言っていて何だったのだが、アリエナイって単語はこの状況にはあまりそぐわないと思う。アリエナイ事がアリエテいるのだから、これはもはや事実真実として受け取らなければいけない。であるのだから、ここは事実を受け止めた上での更なる言葉を紡ぐための言葉が必要だと思う。つまり、ソレは――
「どうしてなのかな」
である。
「人の台詞を強盗するなよお前」
「え、あたし何か悪いことしたの?」
「いやー、自己完結したのでもうよいです」
「二十八体の死体、いや、これを合わせると二十九体なのかな。どう思う?」
美少女は俺の足元に転がっている陸上青年をチラリと見て修正する。それが上方修正か下方修正かは分からないけど。
俺達は別に逃げ惑う事や、困惑することなく、虎視眈眈とこの事実を直視し、更には探偵ごっこまではじめてしまった。
「一つだけ言えることがある」
決め顔で言ってみた。
「ソレは何?」
美少女も下唇を親指で撫でながら(考えているポーズ)カッコいいヒロイン的立場の人間風に聞き返す。
「俺達には関係ないって事っ!」
「そうだね」
ハッキリと言い切るとそこで会話は打ち切られた。
―――――おやおや、万を持して犯人登場。
―――――の予感!?