「左」利きの人が私は羨ましい。そしてソレを矯正して右利きにすると両利きになる。なんてすばらしいんだろう――
《浪ダ》
「『侵入禁止』」
辺り一面に、黄色いテープの様なものが出現し、そのテープには『KEEP OUT』とあった。
残滓の魔法使い―――ルールフォータスの左腕は、濛々と、黒々とした闇より深い色をした煙の様なものを纏っていた。
彼女はクレアに接近し、その左腕を、左腕の先の拳を奮った。
フゥンッ――
その腕が通過した空間は――生気を失ったとは言い難いが、それに近いような現象が発生し、
視覚情報として脳は認識することは不可能だが、本能で、第六感で感じた。
この腕は全てを喰らうと。
そして、未だ背を向け続ける彼女――クレアにその腕が奮われた。
ただし、腕とクレアとの間に突如として出現した『KEEP OUT』と書かれているテープ越しに、だが。
その闇を纏った拳は、難なくテープを通過する。
何重にも重なり、クレアの体を覆い隠してしまうほどのテープの壁を、難なく、通過する。
貫通する。
そして、その拳は―――――、
クレアを貫通した。
「なーんて、残滓としての肉体が、魂の存在さえあやふやな肉体が、生者の肉体に触れる事ができろとでも?」
その腕はそのままクレアの胸を通過していた。
「けれど、闇は『侵入禁止』だよー」
「元あった場所に―――帰れッ!!」
そう、左腕に纏っていた闇はテープを貫通することが出来なかったのだ。
否、弾かれた、拒否された、許可されなかったのだ。
だから――跳ね返る。
ルールフォータスの元へ。
この闇はルールフォータスの嫉妬心から具現化されたモノ。
ならば、返る場所はルールフォータスだ。
この性質を持ったまま、返るのだ。
――喰らえ、嫉妬の闇
彼女は言う。
そして、その闇は彼女を蝕んだ。
「どうやら、抵抗力があってすぐには喰われないようだね。でも、時間の問題だ」
彼女は『胸』を押さえて苦しんでいる。
心が何処にあるのかさえも定義されていないあやふやなモノ。
ソレを『胸』が痛いと自ら決めつけて、苦しんでいる。
気味の悪い異端の魔女に残存していた人間のような部分、なのだろう。
だが、ソレを彼女は――
「何苦しんでんだッ
何痛がってんだッ
何目瞑ってんだッ
何声上げてんだッ
何人間らしい事してんだッ
何自業自得な事してんだッ
何がそんなに苦しいんだッ
何でそんなに苦しんでんだッ
人間から追放された異端だったら苦しむ必要無いだろうッ
嫉妬心なんてクソだッ
否定しろッ
自分の定義を否定しろッ
一著前に涙を流して絶望してんじゃねえぞッ」
否定した。
微笑、冷笑、失笑、爆笑、違う。こんなではない。
嘲笑だ。
嘲笑で――中傷している。
唇の端を全開に釣り上げて、
真っ赤な血に染まったような唇を少し開き、
そこから見える真っ白な歯を見せ、
笑っている。
「『なんだっ、ぐぅうう、それ……はっ!?
まるで、まるで、まるで、くぅあッ!!
まるで、ソレは――』」
――聖域の、ようじゃないかっ!!!
「そうだねッ、『ここ』は『私』の聖域だッ、いや、『誓域』だね」
『誓域』
クレアはこの遺跡の地下に転送され、初めに『聖域』と表現した。
それは大規模的な、長期間的な大掛かりなモノで創り上げるのを、聖域と表現する。
しかし、クレアのは違った。
超局地絶対不可侵入領域
まるで――まるで――まるで―――――、
神殿
のようだった。