「暑い」がもたらす人への影響は所詮、本人次第でしかない。
《無関係ナ夢》
僕は小学三年生だった。昔、小学校に張り出されたイベントの乗っている紙に「鷲を手に止めよう」といった企画があった。僕は勇気を振り絞ってそれに出てみた。
その時が一番父と仲が良かったと僕が思う当時の出来事だ。当時の僕はいわゆる世間一般的なチキン(弱虫)だった。当然、手に鷲を止まらす勇気も無かった。そして、ある肉食鳥を停まらせた。それは…鷲でもなくトンビでもなく、身体の小さいハヤブサだった。それを後ろから見ていた父は僕にこう言った。
「やっぱり俺の息子だな。――――は《チキン南蛮二号》だな」
その時はこの言葉の意味はさっぱり理解できなかった。褒められているのかも、貶されているのかさえの判断も。今振り返ると思う。やっぱり今でも分からねーよ。
だけど、僕はこう思う。その時の父の言葉の中には『愛情』が含まれていた……と。
《覚醒》
そして今覚醒した。そう、『俺』は十七歳の高校二年生であり、真夏のこの季節になぜか毛布を着て寝ていた血迷った学生の夢はこの時点ではもはや忘れ去られていた。そんなことよりも俺は身体を先ほどから何時間も蹂躙していた熱エネルギーから解放されるべく、身体をゴロゴロと転がし毛布から脱出した。
「ふぁ――っ、汗かいたー」
俺はこの真夏日和の土曜日にわざわざ窓を閉め毛布と羽毛を着こみ、寝た理由はこれ一つである。額から汗がにじみ出て、首から鎖骨にかけての肌は油のような触り午後血であり、長袖長ズボンのパジャマは自らの汗でべっとりとくっついて、とても気持ちの悪い状態である。この状態を保ちつつ、朝から冷たいシャワーを浴びるのだ。理由はただこれだけ。
『たんに、気持ちいいから』
起きて部屋の出口の扉に手をかけて、一人…呟いた。
ツゥーと冷たい水が身体を駆け巡り、今まで持っていた熱を殆ど持って行ってくれる。心臓の部分に手を持っていくと、異常な速度の心拍数を叩きだしている。冷水のシャワーは心臓から離れたところからかけなければ身体に悪いのだ。
身体を拭き、タンクトップとパンツを穿いてキッチンに行き、時計を見る。午前七時四十五分だった。我ながら結構早く起きたものだと心の中で自画自賛を図ってみる。ま、どうでもいいけど。冷蔵庫を開けて中身を確認する前に、冷蔵庫のオアシス的存在の冷気を顔に浴びせる。ふぇー、気持ち良い。中には、昨日頂いた産みたて卵が三つあった。それと、奥には醤油。どうして冷やしているかは疑問だが…。卵三つを取って、戸棚からどんぶりを持って来て炊飯器の中の炊きたてのご飯を盛り、黄身だけをかけ、冷蔵庫から醤油を取り出して軽く味付けして一気にかきこんだ。朝からの卵かけご飯は想像を絶する腹への負担があったようで今はトイレでウ○コをしている。
全くもって真夏とは俺とは敵対したいようで、家のトイレは洋式であり、便座に座る。そして力み、八十パーセントが液状化した便を絞りだすのである。当然、時間は刻々と経過するので、便座とそれに接している皮膚は熱を持つ。そして用を足し、立ちあがるとどうだろうか。皮膚にはネットリと真夏の僕である汗が付着しているのである。これは俺が人間として正常に生きているからしかたのない現象なのだが、どうしても太陽を破壊したくなる。嫌々ながらの排便を済ませ、未だにムンとした熱を持った空気だまりの空間から解放されるべく、窓を開けた。確か暖かい空気は冷たい空気に向かって流れるらしい。その理科的効果がこの真夏日和に感じられた。外気が凄く涼しい!
これは本日八月九日の事である。どうして俺がこんな事を長々と語っているかを説明すると、簡単に注釈するとこうなる。別に、近頃のファンタジーやSF的展開の主人公の奇抜な行動をとろうとしている訳じゃない。てか、そんな展開が俺の目の前に発生しても必ず見て見ぬふりをすると確信と自信がある。で、話を戻すと俺は自分の自分自身の日常に満足していない。とかそんなトコだ。日々の生活に潤いと新鮮さを、がこの年の目標だった。
因むところで言うと、俺は一人暮らしで二階建ての一軒家を持っており、俺は二階の東側の部屋で寝ている。リビングは階段を下りて一階にあり、トイレも一階にある。
この二行は全くの無意味情報だから、無視していいっす。どこ視点で言ってるのやら。
一階のリビングに行き、壁にかけてある時計を見る。八時二十分だった。我ながら驚いた。飯を食ってトイレに入ってウ○コ捻りだすだけで三十五分も無駄してしまった。恐らく、食事をする時間は五分程度だろう。残りの三十分はインザトイレだったようだ。道理で額が汗ばんでたんだ。
約束の時間にはもう少し時間があった。一応胃薬飲んどこっ。まぁ、俺の約束ってのは外出の事であって、高校生活を満喫するための色恋沙汰では決してない。言うなれば高校入ったから渋々始めた感じの青春沙汰だった。
青春沙汰…なんてちょっと言い方がおかしいかもしれないな。けど、別に高校生活=恋愛とならないように、青春=部活なんて事も一概には結びつかない。つまりは…。
約束は九時だった。今は八時二十五分。約束の場所に行くまでに大体自転車で十五分行ったとこだ。自分の部屋に置いてあったスポーツバックにタオルと着替えと財布とスパイクを入れ、肩にかけて、またリビングに戻る。八時半だった。とここでハッと気づく。自分の格好。そういや、タンクトップとパンツ(柄物)だったわ。これで外でたら速攻捕まるな。タンクトップとパンツで自転車に跨ってる高校二年生を想像してみる。…公然猥褻ってるなこりゃ。
「半そで…と、半パンっとー」
空ぶりの独り言を呟いて自分の部屋のクローゼットを開けて衣服を漁る。お目当ての服は速攻で見つかったから、そそくさと着替える。あ、忘れてた。長いジャージ入れるの。これがなきゃーアップできないっしょ。時計は…八時三十五分。五分前行動を心がけたいから今から出るか。玄関に置いてあるアップシューズを穿き、玄関の扉に手を掛ける。
…絶対熱いんだろうな、外。外気に触れた瞬間俺溶けちゃうよキット。だってドアの取っ手握ってるだけでも熱いもん。もう靴に突っ込んでる足が微かに汗ばんでるし!外の空気に触れた瞬間俺指先からザザ―って感じで溶けちゃうよ多分!脳味噌も零れ落ちちゃうよっ。
とか何とか自分で自分に言い訳を作って言い聞かせてみたけど、約束破るわけにはいかないよな。ガチャリと取っ手を下し、ドアを勢いよく開ける。
「いってきまーす!」
俺以外誰もいない家にあいさつして大きく一歩踏み出す。あ、鍵するの忘れた。カギカギっと。ぎゃおーですよいやマジで。ジンジンする日光が皮膚をちくちくと刺し、辺り一帯に生息している蝉がミンミンと五月蝿く空気を振動させる。うるせーよ、家から虫取り網と殺虫剤持って来て始末するぞお前ら。それが嫌だったらさっさと鳴き止め。って、俺の心の声は通じないのだが…。
「つーかあちーっつの」
熱々の空気を振りほどきつつ、車庫に置いてある自転車をとりに行く。普通に売ってるママチャリなのだが、ボディーはクリアな青で、どっしりと自転車に腰をつけ、漕ぎ出す。もう日が出て何時間も経ってるから大気は加熱されて、地面のアスファルトには熱が染み付いて地面数十センチに熱い空気の層を作ってる。こういう時だけ田舎の方がいいと思う都合のいい思考を持っている俺十七歳。あー、アイス食べてー。