婚約破棄したらラノベ主人公かと思ったのに、そうは問屋が下さない件について
「君との婚約は破棄させてもらう!!」
高等部の学園の生徒たちが行き交う石畳の上、隣で突然地面に座りじっと蟻でも見つめているであろう彼女を見て、俺はもう限界だと声を荒げた。
「はわわわ!? な、なぜですか!? メルトは一生懸命淑女キョーイクも受けましたし、ちょっとドジでオッチョコチョイかもですけど、そんな婚約破棄されるほどの大きなミスはなかったはずですぅ〜」
あわあわと両手を振りながら慌てふためく姿もイライラすると、大きなため息を吐けば『元』婚約者のメルトは首を振りパクパクと言葉に詰まる。
「その要領をえない話し方も、こうして突飛なことを平気ですることも、無駄に動きの多い様子も、全てが嫌なんだ」
「で、でも、メルトは迷惑はかけてないですよね!?」
「君の存在自体が迷惑だとなぜわからない。あの婚約当時は我が家は……恥ずかしい話だが経営難だったために仕方なく格下の君と家のつながりを保つためにつながった縁、経営がうまくいってきた今、どうしてこのまま君との婚約を続けられようか」
こんな彼女と仲良くしろと押し付けてくる両親も、いまだに最初の支援金のせいで格下である彼女の家に頭が上がらない様子にイライラも重なっていた。
大きなメガネにいつものボサボサの銀髪を三つ編みを手に持ち、おずおずとそのメガネの下の瞳をこちらに向けると、左右に頭を振る。
「そんな……メルトに落ち度はないのに、婚約破棄だなんて……ぴえんですぅ〜」
「その態度だけで十分落ち度だ! 目も合わせない、顔は前髪とメガネで見えない。オドオドと背筋も丸く……そんな君とは俺は恥ずかしくて歩けない」
「だ、だから、浮気したんですか!?」
「……知っていたのか」
まさかそう言われるなどと思わなかったと少し息を止めるが、それでも俺は悪くないのだと胸を張って言い返す。
「仕方ないだろう。君もいつも言うように俺は美形だからな! 言い寄る女は数知れずだ!!」
……まぁ正直、実際はそんな浮気と呼べることがあった訳でもないのだが、それでもこちらを見て頬を染める女生徒たちの視線や、それにこうして歩くだけでも周りからは恥ずかしそうに美形だのイケメンだなどと口にされるのは慣れている。婚約者さえいなければ彼女たちも声をかけやすくなるだろう。
とはいえそんなことまで言うことはないかと、ただ「ショックですぅ」と胸に手を当てて震える彼女にまたため息が出る。
「とにかくそういうことだ。父上たちにはこちらから伝えておくから、君は何もしなくていい」
「がーん……メルトにはもう用はないと言うことですか?」
「そうだ!」
ガーンなどと口に出すオタク気質なその様子も相まって頭が痛いと手で抑えれば、いつの間にか彼女は俺の前にきて紙を差し出していた。
「婚約破棄は男性からのみしか受けられないですし、あなた様の手をこれ以上わずらわせる訳にはいきませんっ!こちらにサインをしてくれたら、メルトはもう、潔く身を引きますぅ〜」
メガネの下には涙でも浮かべているのだろう。
グスグスとその下に指を入れて涙を拭うと、今度は俺のサインをまっている間はその三つ編みをグズグズと指先でいじっている。
彼女はいつも三歩ほど後ろを歩くために、改めてこうして近くで見れば背が高かったのではないかとその顔を見上げようとするが「あっ、アリだ」と座り込まれてまたもイラつきが増し、さっさと婚約破棄の書類にサインをする。
さっさと……などと言ってもキチンと目は通した。
特に俺に不利な文言が付け足されることもなく、淡々と書かれていただけのその書類はあっという間に彼女の胸に押し付けるように叩きつければ、その柔らかさに少々予想外だったと少し顔が熱くなった。
「これでいいだろう。お互い自由の……身……だ?」
彼女を見て、思わず吃ってしまったのも仕方がない。
いつの間にか目の前の彼女はスッと背筋を伸ばしてその口元は嬉しそうに口角が目一杯上がっている。
「バッドエンドで攻略完了!」
「なっ……⁉︎」
俺の背よりも高く太陽を背に凛とした姿で立つ彼女は嬉しそうに髪を解けば、その髪は日に当たり美しくも七色にも輝いて、そしてその手の婚約破棄の書類はくるりと丸まると、鳩の姿の魔法なのかその足に結ばれると王城の方向に飛び立っていった。
「お前、俺を憚っていたのか!?」
「最初に憚ったのは君の父上さ! 我が家が格下だと思い強引に共同商売を持ちかけ、その中に強引に紛れ込ませた君との婚約同意書!」
そう言ってメガネを外すと、大きな瞳はエメラルドのように美しく輝く。
「そっ、そんな素顔も見たことない!」
「そうさ。君が私に初めて会った十二の頃、婚約相手に会うだとも知らされず、友人との約束があったとかで不機嫌に現れ、最後までこちらの顔を一度も見なかったからな! チャンスだと思って懸命にこの素顔を隠していたのさ。手籠にしたくなるほどの美貌だろう」
いつものオドオドと言葉もモゴモゴとしている姿とあまりに違う、胸を張りそこに手を当てて笑う君は本当に同一人物かわからなくて、
「メルト……なのか?」
と聞けば、彼女はニヒルに笑うと、
「初めて名を読んでくれたな『元』婚約者殿」
そう言って、楽しそうに腰に手を当てた。
「ある意味楽しかったよ。幼い頃からこんなにも下に見られたことはなかったからね。婚約者だと紹介されたにも関わらず、女性に対して横柄な態度、そんな君がどうして浮気なんて出来ようか」
「お前がいつだって俺は美形だカッコいいだと褒め称えただろう。それに皆が俺の方を見てイケメンだと騒がれていたのも知っている!」
「ふふふ、私の言葉はともかく、他の声は果たして君のことかな?」
「何を……⁈」
そうして思い当たるのは恥ずかしそうに目を合わせずにコソコソと話す生徒たちと、三歩後ろを歩くメルト。
「ま……まさか」
「君に見つからずに素顔を晒すのはスリリングでエキサイティングだったよ。まぁここの所こちらを振り向く回数も少なくて、正直興醒めしてきたから、婚約破棄を言い出してくれてこの遊びも終いだな」
カラカラと楽しそうに笑い、そのギャラリーの女生徒に向けて彼女がウインクをすれば、黄色い歓声が上がる。
「憚ったのか……!」
「いいや。我が家として望んでいない婚約とはいえ、君の家から望まれたのだ。ならば誠心誠意答えようと、私は君の家は立て直してやったし、君が愛の一つも囁くならば、それも縁だと嫁いでやろうと淑女教育も受けてきた」
その腕を組み告げる姿は淑女というにはあまりにも横柄な態度だと……ただその姿は堂々としていて美しいと悔しいながらに思ってしまうほど。
「しかし君ときたら愛を囁くどころか日々の高飛車な様子。君の家を立て直し、君の家で淑女教育を受ける私の様子を見に来ることもなく、自分がモテると浮気にまで走られてはそりゃぁ三行半も叩きつけたくなるさ」
「浮気は……」
『実はしてない』と今更この観衆のある前で今更告げることも出来ないと言葉に詰まれば、まるでわかっていたかのようにその目が細まる。
「……憚ったな!」
「君はそればかりだ。語彙力をもっとつけた方がいい。そうだな。本を読むといい。……いつもとは違う本をな」
ニヤリと笑って告げられたその言葉。そして気がついたのば、こっそりと読み続けている俺が昔から好きな美少女ハーレム小説のモブキャラを思い出す。
鈍臭くて、三つ編みメガネ、ヒロインにもなれず、ただ主人公のハーレムを鈍臭い動きで邪魔をして、こう……なんというかヒロインたちとのえっちな雰囲気を壊すモブキャラ。
「おっ、お前!! その姿、喋り方!!?」
「わ、わざとじゃありません〜⭐︎ 一生懸命頑張ってますからぁ〜」
そう言って見下したように笑いながら声色だけはいつものように鈍臭く告げられるギャップに言葉がない。
「てゆーかいつ読んだんだ!?」
「え? それって君の愛読書の[美少女だけの学園でちょっとエッ……」
「おわぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
かなりデカめの声でそれを防げば、彼女はクックッと楽しげに笑う。
「さてね。それでも『元』婚約者殿の趣味は否定しないよ。君が楽しんでいるようならいいのさ」
「揶揄っているのか!?」
メルトはそう言われて、一度考えるそぶりを見せると、
「私はね、あのモブキャラが好きなんだ。主人公に好意を持たれていると思いこみ空回りする姿も、メガネを外したからって美少女な訳でもないモブキャラが」
「…………?」
それは俺の本をそんなにもしっかり読んだのかとか聞くべきか、まずその真意がわからないとその顔を見上げれば、何故だか嬉しそうに微笑みを向けられる。
「ウチは確かに君の家より格下かもしれないが、母は王家の血筋でね。私にもその血が流れている」
「…………つまり実質格上だとでも?」
ここに来て自慢なのかと訝しげに見つめると彼女は突然嬉しそうに、いや……心底楽しそうに笑う。
「王家の血の流れたこんなにも美形の私だ」
「だからなんだ?」
「主人公だと思い込んでいた君は攻略してみたくなるだろう?」
ドヤッとばかりにこちらを見つめるその顔に、少しずつ意味を理解して思わず声を荒げる。
「俺が!! モブだって言いたいのか!?」
「ふふっ、私がヒロインとなり主人公にしてやろうと言っている」
「誰がショーリちゃんだ!?」
「君の推しはユリカだろう?」
「なんで知ってる!?」
全身が妙に熱いことなど気にも出来ないでいれば、彼女の元にさっきの鳩がまた手紙をつけて戻ってくる。そしてメルトはその中身を確認すると微笑んで、
「さて、婚約破棄も受理されたらしい。さて、どうあれ君はここから必死で私を攻略しないといけなくなった。君の家が持ち直しているのは事実だが、新しい事業の責任者の名前は全て私だ。君に嫁ぐ上で勧めた事業だから、君に嫁げばなんの問題もなかったのにね」
「は……?」
「家族が路頭に迷うことになるのも時間の問題だと言っているんだ」
やっと事の重大さに気がついて血の気が引けば、彼女はやはり楽しそうに笑う。
「なに、そうなりたく無いのならば簡単なこと。……私を落とせばいいだけさ」
「その落とすは物理的な意味でいいか?」
引き攣る頬のままに聞けば「ふむ」と呟き目の前から消えるとダンッと後ろ手を押さえられてそのまま地面にキスをさせられる。
「悪いけど、それは出来ないと思うよ。魔力も筋力も武道経験も、私の方が上だからね」
「ちくしょうっ」
「さて、君に追いかけられる日々が楽しみだ。……もう二次元にも浮気してるま間もないほどに、私のことでいっぱいになればいい」
先程まで婚約者として知っていた彼女と全く違う声色で耳元に囁かれた言葉への必死の抵抗だと、俺は精一杯の声で、
「べ、別に好きとかじゃなくて、家族のためなんだからね!!」
そう真っ赤な顔をして告げれば「それはちょっと解釈違いだな」と、笑った。
お読みいただきありがとうございました!
お楽しみ頂けましたでしょうか?
ヒロインちゃん…元の予定は悪役令嬢的な子の予定が、あれよあれよとこんな感じで仕上がりました。
ただし大丈夫だ主人公!!(?)
多分ヒロインの好感度は高めなところからはじまっている…!?
お読み頂いて楽しかったよ〜などありましたら、お星様や感想など頂けるとめちゃくちゃ執筆のはげみになります!




