第3話 受講料
通帳の印字欄には、大きく減った残高の数字がくっきりと刻まれていた。
探索者資格を取得するための訓練課程受講料。それは、手取り二十万円にも満たない私の月給からすれば、目眩がするような金額だった。妹たちに何かあったときのためにと、生活費を切り詰めて少しずつ貯めてきた緊急用の貯金に手をつけるしかなかった。
もう、後戻りはできない。
銀行の封筒から出した受講票をカバンにしまいながら、私は小さく息を吐いた。
このお金は、決して無駄にはできない。妹たちの生活を、これからの未来をより良くするための先行投資だ。あの事故で気づいた私の異常な吸収効率があれば、必ず取り戻せる。いや、取り戻さなければならない。
自分にそう言い聞かせ、私は訓練センターの門をくぐった。
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大都市の郊外に設けられた探索者訓練センター。その広大な敷地内にある集合ロビーに足を踏み入れた途端、私は強烈な居心地の悪さに襲われた。
集まっている受講生たちのほとんどが、若かったのだ。
だいたい十六歳から十八歳前後。高校の探索者専門コースを卒業、あるいは在学中と思われる少年少女たちが、真新しい指定の訓練ウェアに身を包んでグループを作り、初々しい顔つきで談笑している。
現在、第三世代と呼ばれる若い世代にとって、探索者資格は十六歳で取得するのが最も一般的なエリートコースとされている。彼らは早くから基礎を学び、有望な探索者として現場に出る準備を整えてきた者たちだ。
そんな中、二十代前半である私の存在は、明らかに浮いていた。
着古したカーゴパンツにミリタリージャケットという実用一辺倒の私服姿も相まって、どこか別の業者か清掃員が紛れ込んだように見えなくもない。チラチラと向けられる好奇の視線に、私は居心地の悪さを感じて肩をすくめた。
「あの、すみません。ここって第六班の集合場所で合ってますか?」
隣にいた小柄な少女に声をかける。無愛想に見られないよう、努めて柔らかい声音を作った。
「あ、はい。第六班です。もしかして、引率の教官の方ですか?」
「いえ、私も受講生です。藤崎千夏といいます。よろしくね」
私が苦笑しながら答えると、少女はぱちくりと目を丸くし、慌てて頭を下げた。
「す、すみません! 大人っぽかったので、てっきり……」
「いいのいいの。実際、みんなより少し年上だしね」
気にしていないと手を振ったが、やはり完全な場違いだという自覚は拭えない。若い彼らの輪に無理に混ざろうとするのも不自然だと思い、私は少し離れた壁際で大人しく待機することにした。
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やがて、集合時間が訪れた。
ロビーの奥から、屈強な体格をした教官たちが現れ、受講生たちを班ごとに訓練エリアへと誘導していく。
屋内の広い多目的訓練場に整列させられると、先ほどまでの和やかな空気は一変し、現場特有の張り詰めた緊張感が漂い始めた。
「これより、第六班の第一回訓練課程を開始する。私は担当教官の佐木だ。お前たちを一人前の探索者にすべく、徹底的に基礎を叩き込む」
傷だらけの顔をした教官の野太い声が響き渡る。
現場の空気を知っている私でさえ、背筋が伸びるほどの威圧感だ。周囲の若い受講生たちは、完全に呑まれて直立不動になっている。
「まずは点呼を取る。名前を呼ばれたら大きな声で返事をするように」
教官が手元のタブレットに目を落とし、アイウエオ順で名前を呼び始めた。
次々と元気な返事が訓練場に響く。私の順番は、ちょうど真ん中あたりだ。
払った大金の重み。年長者としてしっかりしなければというプレッシャー。そして、教官の鋭い視線。
様々な要因が重なり、私の心臓は嫌な早鐘を打ち始めていた。口の中がカラカラに乾く。深呼吸をして、自分の番を待つ。
「次、藤崎千夏」
呼ばれた。
私は腹に力を入れ、元気よく返事をしようと口を開いた。
「ふぁいっ!」
裏返った。
見事なまでに、情けない高い音が口から飛び出した。
静まり返った訓練場に、私の間抜けな返事が反響する。
一瞬の静寂の後、整列した受講生たちの間から、クスクスという小さな笑い声が漏れた。先ほど私を教官と間違えた少女も、口元を押さえて肩を揺らしている。
一気に顔に血が上り、耳の先まで熱くなるのを感じた。
穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。二十代にもなって、十代の若者たちの前でこんな無様な姿を晒すなんて。
「……藤崎。気合いが入っているのは結構だが、現場で声が裏返っていては連携が取れんぞ。リラックスしろ」
「っ、はい! 申し訳ありません」
教官は特に怒るでもなく、呆れたようにため息をついて次の名前を呼んだ。
悪意のある笑いではない。単なる緊張からくる失敗だ。それでも、私の羞恥心が消えるわけではなかった。
赤くなった顔を伏せたい衝動に駆られるが、私はぐっと堪えて前を向いた。
軽く咳払いをして顔の熱を散らすと、再び姿勢を正し、教官の次の指示を真っ直ぐな視線で待った。




