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第18話 コソ練


 中層講習のカリキュラムは数日に一度のペースで実技と座学が交互に組まれていた。


 次に行われるのは中層環境を想定した中型種複数対応訓練だ。鳴海教官が提示した課題の重さを痛感した私は、講習のない休日を無駄に過ごすつもりは毛頭なかった。私に必要なのは圧倒的な実戦経験と、さらなる魔粒子の蓄積である。


 極細に圧縮した魔粒子の針を刺突の瞬間にだけ放出するという私なりの火力は、演習場の止まった硬質ゲル標的相手には通用した。しかし動き回る生きた怪物を相手に、一瞬の隙を突いて急所に命中させられるかはまた別の問題だ。さらに言えば私の魔粒子出力回路は極端に細い。その細い回路を通して高密度の魔粒子を安定して射出するためには、魔粒子自体の総量を底上げし、内圧を高める必要がある。


 早朝の冷たい空気が肺を満たす中、私はダンジョンエントランスへと足を運んでいた。

 向かう先は私がこれまで毎日のように通い詰めた浅層だ。

 受付で入場手続きを済ませ、探索者専用の重厚なゲートをくぐり抜ける。湿り気を帯びた空気と、カビや土が入り混じったような匂いが私を包み込んだ。


 この場所はもはや私にとって庭のようなものだ。私は迷うことなく浅層の奥深く、第三区画から第四区画の境界付近へと向かった。

 そこは小型一号種小牙蜥蜴(ミニリザード)が安定して群れをなす危険地帯であり、並の浅層探索者なら事故を恐れて避けて通る場所だ。今の私にとってはこの上ない狩り場だった。


 暗がりから響く低い唸り声。

 硬質な爪が石畳を叩く音が幾重にも重なり、暗闇の奥から緑色の鱗を持つ怪物たちが這い出てきた。その数は優に十を超えている。


 私は腰を落とし、背中から霧峰装備工業製の長槍Pierce 3(ピアス・スリー)を引き抜いた。

 黒い強化合金の柄が私の掌に吸い付くように馴染む。冷たい金属の感触が私の意識を極限まで研ぎ澄ませていく。

 怪物の群れが私を獲物と認識し、一斉に飛びかかってきた。

 私は静かに息を吸い込み、体内の魔粒子を掬い上げた。意識を集中させ、魔粒子を球体から点へ、そして目に見えないほど細く鋭い針へと極限まで圧縮する。

 昨日までならこの工程に数秒の思考を要した。しかし今の私は反射的に、それこそ瞬きをするのと同じ速度で魔粒子の針を形成していた。


 先頭の一匹が牙を剥いて迫る。

 私は半歩踏み込み、腰の回転を肩から腕へと伝え、無駄のないフォームで槍を突き出した。

 刺突が怪物の表面の魔粒子膜に触れるほんの一瞬前。

 私は刃の先端に留めていた極細の魔粒子の針を前方へと一気に解放した。

 音もなく放たれた見えない針が怪物の膜を易々と貫通し、極小の風穴を開ける。その直後、開かれた軌道をなぞるようにしてPierce 3(ピアス・スリー)の物理刃が吸い込まれ、怪物の頸椎を完全に分断した。


 確かな手応えとともに怪物が絶命する。

 私は間髪入れず槍を引き戻し、次々と迫る怪物たちへと刃を向けた。

 突いては引き、躱しては突く。

 浅層で培った無駄のない体捌きと、新しい魔粒子制御の技術が完璧に噛み合っていた。

 一回の刺突に消費する魔粒子は極限まで絞り込まれている。そのため私の広大な魔粒子の器からすれば、どれだけ連続して技を放ってもエネルギーが枯渇する気配はない。

 むしろ怪物を一匹倒すたびに、槍の柄を伝って新たな魔粒子が私の体内へと流れ込んでくる。私自身の異常な吸収効率が、討伐した怪物から莫大なエネルギーを奪い取り、細胞の隅々まで行き渡らせていた。


 十匹の群れを処理するのに要した時間はわずか数分だった。

 息一つ乱さず、私はすぐさま解体ナイフを取り出して素材の回収に取り掛かる。血の匂いが次の群れを呼び寄せる前に終わらせる。そしてまた次の群れを探して歩き続ける。

 その日の浅層は、私という存在によって徹底的に蹂躙された。


 遭遇、討伐、解体、回収。

 そのサイクルを延々と繰り返す中で、私は自分自身の身体に起きている微細な変化に気づき始めていた。

 魔粒子を極細の針に圧縮し、腕の経絡を通して射出する。この極度に負荷のかかる行為を何百回と反復するうちに、魔粒子が通る私自身の出力回路がほんの少しずつ押し広げられている感覚があったのだ。

 まるで細い水路に高圧の水を何度も流し込むことで川幅が削られ、より多くの水を通せるようになっていくような変化。

 最初は細いストローのようだった回路がわずかに太く、そして強靭なものへと変質していく。それに伴い、魔粒子の針を形成する速度も、射出する際の威力も、目に見えて向上していた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 日没の時刻が近づき、私はバックパックに限界まで詰め込んだ素材を背負ってエントランスへと帰還した。


 換金所で大量の小型一号種小牙蜥蜴(ミニリザード)の皮と牙を提出し、驚く職員を尻目に私は管理機構の検査室へと向かった。

 定期検査ではなく、任意の魔粒子量測定を受けるためだ。


 無機質なカプセルに腕を入れ、測定が終わるのを待つ。

 数分後、モニターに表示された数値を見て私は思わず息を呑んだ。

 第一壁を突破した直後の私の魔粒子量はおよそ2600ほどだった。それが今のモニターには3800という異常な数値がはっきりと表示されていたのだ。

 たった数日の浅層での乱獲で大幅に増加している。

 一般の探索者であればどんなに優秀な者でもこれだけの数値を稼ぐには数ヶ月から半年はかかるはずだ。私の七十パーセントを超える異常な吸収効率と、疲労を知らない連続討伐がもたらした常軌を逸した成長速度だった。


 これだけの魔粒子量が体内に満ちていれば、出力回路への内圧も劇的に高まる。

 私が中層の怪物の膜を貫くための十分すぎるほどの弾薬がすでに私の身体には装填されているのだ。

 私は静かな確信を胸に秘め、帰路についた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 翌朝、アパートのダイニングキッチンには出汁のいい香りが漂っていた。


 私はフライパンで卵焼きを作りながら、三女の陽菜が並べてくれたお椀に味噌汁を注いでいく。次女の柚乃は制服の襟を正しながら、食卓の上の出来立ての朝食を見て目を細めた。


「お姉ちゃん、最近本当に毎日元気だね。探索者のお仕事、大変じゃないの?」


 柚乃が心配そうに尋ねてくる。

 彼女の記憶にある私は、下請けの雑用作業員として泥のように疲れて帰ってくる姿ばかりだったはずだ。


「大変だけど、充実してるよ。頑張った分だけ結果がついてくるからね」


 私は微笑んで答えた。

 実際、私の身体は第一壁を突破して以降、睡眠時間が短くても完全に疲労が抜け落ちるようになっていた。増大し続ける魔粒子が細胞を活性化し、常に最良のコンディションを保ってくれている。

 妹たちに不自由な思いをさせないための生活基盤は、すでに確固たるものになりつつある。だからこそ私は次の段階である中層への道に全力を注ぐことができた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 数日後。

 再び訪れた別棟の専用演習場には第七十一期中層講習の受講生たちが集まっていた。


 今日はいよいよ中型種複数対応訓練が行われる日だ。

 私が重厚な防音扉を開けて演習場に足を踏み入れた瞬間、室内の空気がわずかに変化したのを感じた。


 近くで装備の点検をしていた大剣を背負う男や双剣を腰に提げた少女たちが、手を止めて私の方を見ている。

 彼らの視線には明らかな戸惑いと違和感が混じっていた。


 無理もない。

 第一壁を突破した者同士であれば、相手が放つ無意識の魔粒子の圧力を肌で感じ取ることができる。

 数日前の私は彼らの中では平均かそれ以下の存在でしかなかった。しかし今の私の体内に満ちている三千八百という魔粒子量は、すでにこの講習の参加者の中でも上位に食い込むほどの密度を放っている。

 それに加えて何百回と極細の魔粒子制御を繰り返したことで、私の纏う空気は以前のような素人臭さを完全に脱ぎ捨て、研ぎ澄まされた刃物のような静謐さを漂わせていた。


「……なんだあいつ、急に雰囲気が……」

「前の講習の時はもっと魔粒子が薄かったはずだろ……?」

「装備を変えたわけでもないのに……」


 周囲の受講生たちが小声で囁き合っているのが聞こえる。

 私は努めて平坦な表情を保ち、自分の指定された位置へと向かった。

 背中に背負ったPierce 3(ピアス・スリー)の重みが今はとても頼もしく感じられる。


 鳴海教官が教壇の前に姿を現し、鋭い眼光で私たちを見回した。教官の視線が私の上を通り過ぎる瞬間、彼がわずかに目を細めたのを私は見逃さなかった。


「これより中型種複数対応訓練を開始する」



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