第25話 1535年 5歳 信濃高梨訪問 —越乃枇杷酒が結ぶ新たな絆だぞ
帰国したら弟が誕生！ そして信濃へ挨拶回りへ。
高梨政盛との酒談義で、龍義がまた一歩政治を学ぶ。
堺から越後へ戻ると、まず驚くことがあった。
──俺に弟が生まれていたのだ。
名前は犬千代。
史実とは違う流れが生まれていた。
父・晴景は、俺とほとんど口をきかないのを気にし、
新しい子が欲しくなったのかもしれない。
いずれ俺に何かあれば、犬千代か、あるいは謙信が家督を継ぐのだろう。
春日山城に着いた俺は、父と祖父・上杉定実に堺土産を渡し、
まずはご機嫌をとった。
その後、祖父・晴景に
「親戚回りをしてこい」
と命じられる。
ただし──
晴景「上条定憲には行くな。あやつは反乱を起こしかねん」
素直に従うことにした。
次に信濃の高梨政盛を訪れることにした。
高梨氏は祖父・長尾為景の正妻、つまり俺の祖母の家系だ。
戦では幾度も為景を助けてきた名門である。
同行は安田、風馬、水斗の三名に、従者二名。計六名。
案内された座敷で、俺は堺土産の和菓子、香木、
そしていつもの三点セット──越乃柿酒、石けん、蜂蜜を献上した。
高梨政盛は上機嫌だった。
高梨政盛
「まずは、このような立派な物を頂きかたじけない。
ところで龍義よ……将軍様から名を賜ったというのは真か？」
俺
「左様でございます」
高梨政盛
「五歳前の元服もしておらぬ子が将軍から名を頂くとは異例。
これは幕府が龍義を認めるという意思表示であろう。
……神の声が聞こえるという噂も、それゆえかもしれぬな」
俺
「そうかもしれませぬ」
高梨政盛
「龍義の父・晴景は頼りにならぬが……
我が家は龍義を支持していくことにしようぞ。
今宵はゆっくりしていけ。元服しておれば酒でも飲んだものを」
俺
「酒がお好きでしたら、新しく仕込みました越乃枇杷酒をどうぞ」
高梨政盛
「美味いのか？」
俺は安田に目配せした。
安田
「米酒とはまた違い、甘みと辛みが共存し、美味でございます」
高梨政盛は酒が好きなのだろう。
目尻が緩み、従者に樽を傾けさせる。
高梨政盛
「まずかったら龍義の支持は無しだぞ！」
冗談とはいえ、刺すような笑いだった。
だが次の瞬間──
高梨政盛
「……美味い！ こんな酒、今まで飲んだことがない！
これしか飲みたくない。儂専用だ！」
俺
「足りなくなれば、またお申し付けください」
高梨政盛
「こんな樽、一日で空けてやる！」
（やめてくれ……アルコール40％を18リットル飲んだら死ぬ！）
死なせれば高梨氏が敵になる。
だが与えねば、やはり敵になる。
困った俺は言葉を選んだ。
俺
「実はこの酒、長生きにも効く薬酒でございまして……
過ぎたるは身体に毒となります。
さすれば、この明国の杯に半分だけ注ぎ、
残りを水で満たせば、より身体に良く、気持ちよく飲めまする」
高梨政盛
「龍義……お主、本当に五歳か？
間違いなく神の子だ」
どうやら、俺がどう答えるか試していたらしい。
高梨政盛
「我が亡き後は、一族を頼むぞ」
俺
「承知しました」
退室すると、安田が汗を拭きながら言った。
安田
「高梨殿は気難しいことで有名なんですよ……。
いやぁ、さすが若様です」
褒め上手がそばにいると、心が軽くなる。
信濃での挨拶回りと高梨政盛との酒談義でした。
次回はいよいよ上杉謙信の登場回です！
