いつ結婚してくれるのですか?
1 出会いは春の風のように
リリアーナ・セリスは十八歳の春、ひとりの青年と出会った。
王立学院の卒業舞踏会。
黒髪の青年は優しく微笑み、彼女の手を取って言った。
「いつか、きみを迎えに行く」
その言葉を、リリアーナは一生忘れなかった。
――いつか。
それは約束のようで、ただの夢のようでもあった。
けれど、夢を信じるには十分だった。
2 二十五歳のリリアーナ
七年後。
社交界の花と呼ばれた彼女も、もう二十五歳。
その青年――リオン卿とは、今でも文通が続いていた。
「仕事が忙しくて、今は結婚どころじゃないんだ」
「君は特別だ。いつか、きっと」
いつか。
その言葉は、彼の手紙に必ず添えられていた。
友人たちは次々と結婚していった。
リリアーナの元には、他の縁談も舞い込んでいた。
けれど彼女はすべて断った。
だって、リオンが「いつか」と言ったのだもの。
3 三十二歳のリリアーナ
季節は巡り、時は彼女の頬に静かな影を落とした。
リオンは三度目の転属を終え、故郷に戻ったという。
久しぶりに再会した夜、リリアーナは微笑みながら尋ねた。
「いつ結婚してくれるのですか?」
彼は一瞬、目をそらした。
「……君は素敵な人だ。でも、僕は君にふさわしくない」
「他の誰かを紹介しようか?」
その瞬間、リリアーナの胸の奥で何かが静かに崩れた。
それでも、笑った。
笑うしかなかった。
「……いいえ。リオン様以外、考えられませんの」
4 三十七歳のリリアーナ
彼女の両親は他界し、屋敷は静まり返っていた。
花瓶の花は枯れ、鏡の中の顔には細い線が増えていた。
それでも、彼女はドレスを着て夜会に出た。
もうリオンはそこにはいなかった。
噂では他国で小さな商会を継いだという。
リリアーナはもう手紙を出さなかった。
代わりに、毎晩神殿に灯をともした。
――どうか、彼が幸せでありますように。
それだけを願った。
5 四十歳の夜
リリアーナが四十歳を迎えた夜。
屋敷の門をたたく音がした。
扉を開けると、白髪の混じったリオンが立っていた。
手には花束を抱え、微笑んでいた。
「遅くなって……すまない」
リリアーナは少し驚き、そして静かに笑った。
「まあ……“いつか”が、ようやく来たのですね」
けれど彼の手には、結婚届ではなく“追悼の手紙”があった。
――彼の妻が亡くなったのだという。
彼は言った。
「やっと君のもとへ戻ってこれた」
リリアーナはその花束を受け取り、ゆっくりと首を振った。
「私の“いつか”は、あなたの“またいつか”の中で枯れてしまいました」
窓の外には、桜の花びらが舞っていた。
十八歳の春のように、美しく、そして儚く。
***
リリアーナはその後、もう誰の妻にもならなかった。
ただ小さな庭園を開き、若い娘たちに言った。
「“いつか”と言う人を信じてはいけませんの。
“今、君がいい”と言える人を信じなさい」
春の風が吹くたび、
リリアーナはかすかに笑った。
「いつか、またあとで、別の人紹介する」
が口癖の男。
結婚は今すぐできるものなのに、しない男性には嘘があります




