第九話 それでも、この手を
風が、荒れた土を巻き上げる。
その風音に混じって、どこかで何かが崩れる音がした。
トモヤはスコップを手に、今日も土を掘っていた。
肩が焼けるように重い。膝は笑い、目の奥がじんじんと痛む。
それでも手を止めることはできなかった。
――あのとき、サルハに声をかけたのは、衝動だった。
でも今は、違う。
何かを感じている。理由を言葉にできなくても、その感覚だけは、確かにあった。
そのときだった。
金属が軋むような音。
作業場の奥で、積み上げていた木材が崩れ、砂埃が舞い上がる。
「――危ない!」
とっさに走り出す。
誰がそこにいたか、考えるよりも早く体が動いていた。
少女がいた。
小柄な身体が、落ちてくる資材の陰に包まれようとしていた。
間に合うかは分からなかった。
でも、それでも――この手が届くのなら。
トモヤは叫んだ。
叫び声が風に千切れた刹那、少女の身体を抱き寄せる。
重い音とともに、世界が崩れた。
視界がぐるりと回る。
土の匂い、焼けた木の匂い、焦げた鉄の匂い。
それらが一斉に押し寄せて、思考をかき乱す。
意識が遠ざかる中で、微かに誰かの声がした。
誰かが呼んでいる。それともただのうめきか。
トモヤには、もう聞き分けられなかった。
それでも、自分が何をしようとしたのかだけは、忘れていなかった。
(……守れたかな)
分からないまま、それでも心は静かだった。
少しだけ、あたたかいものに触れた気がした。
それは誰かの手か、それとも風か。
分からないまま、意識が闇に沈んでいった。
そして――
トモヤの魂は、静かにこの世界を離れた。