第八話 雨の気配すらない空の下で
この荒廃した大地の上に立つとき、音はすべて土に吸われていく。
誰かの足音も、スコップの音も、かすれた咳も――ここではすべて、なかったことになる。
トモヤは、かすかな違和感を覚えていた。
重労働に耐えきれず、倒れていく子どもたちは少なくない。
けれど、あの時のサルハは、まるで自分の意志で静かに幕を下ろしていったような気がした。
花を拾ってからというもの、彼の存在はトモヤの中で、徐々に形を持ちはじめていた。
言葉少なだった少年。花の刺繍のある小さな守り袋。かすれた声と、かすかな頷き。
(なんで、あんなに静かだったんだろうな)
誰も彼に強要していたわけではない。
でも彼は、ただそこに在ることだけを選び続けていた。
その日の作業は、いつもより遠い区域だった。
斜面を越えたその先には、誰かが崩れた荷車を放置したままになっていた。
――ああ、あれだ。
最初に目覚めたときに見た、壊れた荷車。
その周辺の土を掘るように指示されたとき、トモヤの胸がわずかにざわついた。
何かが始まった場所へ、自ら戻っていくような感覚。
作業中、年端もいかぬ少女が足元に転び込んできた。
荷物を支えきれず、古い木枠に足を取られたらしい。
周囲の者たちは見て見ぬふりを決め込む。手を差し伸べる者はいない。
トモヤは少しだけ迷った。
だが、身体が勝手に動いていた。
「……立てるか?」
少女は驚いたようにこちらを見上げた。
泥まみれの頬、乾いた唇、だがその目にはわずかな警戒と、微かな希望が同居していた。
何も言わずに、トモヤは片手を差し出す。
少女は、ためらいながらもその手を握った。
軽い。
その手は、まるで棒切れのように軽かった。
立ち上がった少女は、黙って一度だけ頭を下げてから、再び荷物の元へ戻っていった。
それだけのことだった。
だが、トモヤの中には何かが残った。
あのとき、あの子は確かに、誰かに触れられたことを覚えていた。
それはきっと、かつてサルハにもあったかもしれない一瞬――。
空は変わらない。雨も降らない。風は埃しか運ばない。
けれど、トモヤの掌の中には、確かにあたたかさだけが残っていた。