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第七話 荒れた手のひら

サルハが姿を消してから、いくつ朝を迎えたのか分からない。

この世界では、日付や時間の感覚が曖昧だ。空は常に鈍く濁り、陽の高さも影の長さも目安にならない。


 


トモヤは、昨日と同じようにスコップを握っていた。

腕の奥が重い。乾いた筋肉が軋み、手のひらの皮がめくれかけている。


 


彼の隣には、別の少年が立っていた。まだ幼く、肩幅も狭い。

スコップを動かすたび、重さに耐えかねて腰が折れそうになっている。


 


「……少し休めば」

トモヤは心の中で呟く。けれど、それを口にすることはなかった。


 


一度でも手を止めれば、あの無表情な兵士たちがすぐに歩み寄ってくる。

それはトモヤも既に見て知っていた。


 


乾いた土を何度掘り返しても、そこから何かが生まれることはない。

それでも、身体は動く。いや、動かされている――それが正しい。


 


 


目の端に、空いた作業区画が映る。

そこは、かつてサルハがいた場所だった。


 


トモヤは気づくと、そちらに視線を送っていた。

誰かが、彼の代わりに配置されているわけでもない。ぽっかりと、空白だけが残されている。


 


風が吹いた。

湿気のない風が、巻き上げた砂埃をかすかに頬に当てていく。

そのとき、ふと足元に何かが転がっているのを見つけた。


 


小さな、白い花だった。

土に汚れ、茎はほとんど折れていた。それでも、花弁だけは不思議と形を保っている。


 


トモヤはしゃがみ込み、そっとそれを拾った。

手の中に乗せると、その軽さに驚く。まるで、もうこの世に存在していないもののようだった。


 


「……あのお守りの花に似てるな」


 


誰に聞かせるでもなく、呟いた。

けれどその声すら、空気に吸い込まれてすぐに消えていった。


 


ポケットに花をしまうと、トモヤはまたスコップを持ち直す。

隣の少年が、また少しバランスを崩して地面に膝をついた。


 


彼は何も言わなかった。ただ、静かに一歩踏み出して、崩れた荷をそっと整える。

その手は、かつてよりほんの少しだけ丁寧で――どこか、誰かに似ていた。


 


空にはまだ雲が垂れ込めている。

けれど、トモヤの中には、消えない白が一輪だけ残っていた。

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