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第六話 灰の下に息づくもの

「番号、呼ばれてるぞ!」


 


怒声に背中を押されて、トモヤは足を動かした。


 


列を外れ、ひとり動かないでいたせいだ。兵士の目は逃さない。誰かの遅れは、誰かの罰に変わる。


 


サルハがいなくなってから二日が経っていた。


 


その間、何度も彼の姿を探したが、どこにも見当たらなかった。誰に聞いても、答えは同じだった。


 


「知らないよ、そんなやつ」


「……さぁ、昨日まではいたけどな」


「毎日誰かいなくなるのに、覚えてられないよ」


 


 


新しい班に組み込まれたトモヤは、再びシャベルを握っていた。


 


崩れた建材の山を崩し、使えそうな鉄骨を拾い出す。周囲は、黙々と作業に従事している。


 


だが、心はどうしても、そちらには向かなかった。


 


作業の手を止めてはいけない。それでも、ときおり指先がポケットを探る。


 


そこには、あの白い花の刺繍がされたお守り。


 


埃と汗に汚れながらも、サルハがずっと大切にしていた。


 


 


休憩の合図が鳴ると、トモヤは壁際に腰を下ろした。


 


粥のような食事を受け取っても、箸は進まない。


 


目の前で他の少年たちが、だまりこくって食事をかき込んでいる。


 


その中に、ひとりの小さな背中があった。


 


まだ幼い少年だった。サルハよりも少し年下に見える。


 


その子は食器を手にしているが、手をつけないまま、じっと中身を見つめていた。


 


 


ふと、視線が合った。


 


彼の顔はすぐに伏せられたが、その一瞬に、トモヤの胸に波紋が広がった。


 


(あのときも、そうだった)


 


隣で震えていたサルハ。言葉にならない声。手を伸ばすことしかできなかったあの瞬間。


 


 


今、トモヤは立ち上がった。


 


粥の器を持ったまま、少年の前に立つ。


 


「……食え」


 


少年は驚いたように顔を上げた。


 


「それ、お前の……」


 


「いいから。食べとけ」



 


少年は、おずおずと器を受け取ると、小さく頭を下げた。


 


そして一口、粥を口に運ぶ。


 


トモヤは何も言わず、その場を離れた。


 


 


ポケットの中で、白い布が微かに指に触れた。


 


(……サルハ)


 


返事はない。でも、たしかに何かが、そこに残っている。


 


それは「記憶」なのか「後悔」なのか――あるいは、それ以外の何かなのか。


 


答えはまだ出ない。けれど、ただひとつだけ、確かに言えることがあった。


 


また、目を逸らしたくない。


 


たとえこの世界がどれほど荒んでいても、灰の下にはまだ、ぬくもりが残っている気がした。

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