第四話 小さな交換
その日も、空は鈍く濁っていた。朝も夜も、区別がない。時間は作業の合図と共に進み、終わる。
スコップの先が、硬い地面に何度も打ち付けられる。
「――休憩だ」
乾いた声と共に、兵士が合図を送った。
トモヤはスコップを地面に立てかけ、ぼろ布のような布袋を肩から下ろした。
そこには、配給された粥と、塩気のない干し物が入っている。
同じ作業班の者たちも、黙って地面に腰を下ろしていた。
その中に、サルハの姿もあった。
いつものように、器を手に取ることもなく、ただうつむいている。
「……食べろって、言っただろ」
声をかけると、サルハはわずかに顔を上げる。
目元に浮かんだ影は、疲労ではなく、ためらいの色だった。
「……ありがとう。でも、今日は大丈夫」
「大丈夫じゃねぇだろ、昨日からろくに食ってないじゃないか」
トモヤは自分の器から干し物を一切れ取り、彼の前に差し出す。
サルハは一瞬ためらったが、やがて小さく手を伸ばした。
「……代わりに、これ」
そう言って差し出されたのは、小さな石だった。
丸く磨かれ、中心には焦げ茶色の筋が一本、走っている。
「何だこれ?」
「……きれいだったから。君、石とか好きそうだったから……」
トモヤは思わず吹き出しそうになった。
「初耳だな。俺、石コレクターだったか?」
冗談めかして言うと、サルハは少しだけ口元を緩めた。
それは笑顔と呼ぶにはあまりに儚く、けれど確かに“笑み”のかけらだった。
何もかもが奪われる世界で、こうして小さな何かを「交換」することは、ひどく異質だった。
けれどその異質さが、妙にあたたかかった。
その日の作業が終わる頃、トモヤは再びスコップを握り直していた。
どこまでも乾いた地面。遠くで倒れたまま起き上がらない誰かの姿。罵声と鞭の音。
ここは、そういう場所だ。誰かを助けることも、守ることも、許されない場所。
それでも、隣で震えるように立つ小さな背中を見たとき――
トモヤは思った。
(たとえ何も変えられなくても、せめて――目を逸らすのは、もうやめよう)
その想いが、彼の中に、ゆっくりと芽を出し始めていた。