第二話 灼けつく地にて
焼けつくような乾いた空気が、鼻を刺した。
目を開けた瞬間、視界に広がったのは、赤茶けた大地と崩れかけた木の柱。
空には煙のような雲が垂れ込め、世界全体が鈍く、静かだった。
身体が重い。
腕や足が、自分のものじゃないように感じる。
手を動かすたびに、どこか違和感がまとわりついていた。
喉が焼けるように渇いている。
土と灰の混じった空気が肺の奥に貼りついて、呼吸するたびに胸が痛んだ。
――死んだはずだ。あの夜、あの光、あの音。
でも、今ここにいる。
目を開けて、呼吸して、地面に膝をついている。
ただそれだけのことに、奇妙な現実味があった。
自分の名前を思い浮かべる。
「……智也」
たしかに、そうだった。けれど、その確信さえ、遠くぼやけているような感覚だった。
それ以上の記憶には、まだ靄がかかっていた。
立ち上がると、膝がぎしりと鳴る。
焼け焦げた木の残骸、傾いた荷車、ちぎれた布の残骸が足元に散らばっている。
誰かのものだったかもしれない。けれど、今はただの風景だった。
数歩先に、小さな影が見えた。
瓦礫の陰、背を丸めて座り込んでいる少年――痩せて、服は煤にまみれ、顔もよく見えない。
そっと近づく。
少年は何かを握りしめていた。
それは、小さなお守りだった。
ぼろぼろになっていたが、その布の表には、白い花が丁寧に縫い込まれていた。
それが、妙に印象に残った。
こんな場所にあって、なぜか色褪せていないように思えた。
少年の肩がわずかに震えていた。
小さな声が、乾いた空気にかすかに溶けていく。
「……たすけて……」
その声に反応したわけではなかった。
気づけば、トモヤはその横に腰を下ろしていた。
ただそこに、そっと座った。
少年はお守りをぎゅっと握り直す。
まるで、それがすべてを支える最後の糸であるかのように。
遠くで風が、灰を巻き上げる。
空は鈍く、日差しも届かないまま、静けさだけが広がっていた。
何もわからない。
ここがどこかも、なぜ生きているのかも。
けれど――隣にいるこの子を、ただ見過ごすことだけはできなかった。
ふたりの影が、焦げた木の下に、そっと寄り添っていた。