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第一話 次があるなら、今度こそ

目が覚めたとき、外はまだ薄暗かった。


スマホの画面には、午前五時十二分の文字が静かに浮かんでいる。

ベッドの中でしばらく天井を見上げていたが、眠気はもう戻ってこなかった。


 


小さくため息を吐いて起き上がる。

冷えたフローリングを足裏に感じながら、台所へと向かった。

昨日の夜に炊いたご飯の残りと、インスタントの味噌汁。

テレビはつけない。無音のまま、茶碗を口に運ぶ。味はしない。


 


顔を洗い、スーツに着替え、寝癖を片手で無理やり撫でつける。

歯を磨きながらスマホを開けば、誰かの「結婚しました」という投稿が目に飛び込んでくる。

いいねも押さず、通知を消して、電源を落とした。


 


――今日も、いつもと同じ。


 


 


都内の通勤電車は、いつも通りの満員だった。

揺れるたび、誰かのカバンが肩に当たる。無言の中に音楽だけが漏れている。

誰もが下を向いて、同じようにスマホの画面を見つめていた。


 


鈴木智也もその中に紛れていた。

まるで、自分という存在が世界に溶け込んで、誰にも気づかれない霧のように感じる。


 


 


職場は、清潔で静かなフロアだった。

Slackの通知が鳴り、プロジェクト管理ツールを確認して、依頼されたコードの修正に取りかかる。

技術的には簡単な対応。頭は勝手に手を動かしてくれる。


 


「さすが鈴木さん、早いですね」

隣の席の後輩が笑って言った。


「まぁ、慣れてるからね」

愛想笑いで返す。きっとこの笑いも、誰かの記憶には残らない。


 


会議、昼食、午後のレビュー。すべて順調。

でも、それはただの“問題がない”というだけのこと。


 


昼休み、ふと窓の外を見ると、細かい雨が降っていた。

その雨を見て、唐突に胸の奥がざわついた。

過去の、ある光景が脳裏をかすめる。


 


制服姿の背中。

静かに俯く目。

何もできなかった、自分の手。


 


「……なんで、俺は」


 


言葉はそこで途切れた。


 


 


夜、帰り道。

駅前のベンチに、スマホを見つめる若い男が座っていた。

びしょ濡れの服、焦りの滲む手の動き。

何か困っているように見えた。


 


智也は足を止めかけた。

けれど、すぐにまた歩き出す。

気づかないふりをして、通り過ぎる。


 


(声……かけた方がよかったか?)


 


振り返ることはなかった。


 


 


まだ雨は降っていた。

人気のない横断歩道。赤信号が青に変わり、智也はゆっくりと一歩を踏み出した。


 


その瞬間だった。


 


「――っ!?」


 


右側から差し込んだ、眩しすぎる光。

耳をつんざくブレーキ音。

次の瞬間、身体が宙を舞い、アスファルトに叩きつけられた。


 


激しい痛みが全身を駆け巡る。息が、できない。


 


“……死ぬのか、俺……。”


 


そんな言葉が浮かんだとき、不思議と心が静かになった。


 


視界が白く染まり、音も感覚もすべてが遠ざかっていく。


 


最後に見たものは、ただ淡い光だった。


 


 


そして――彼の魂は、静かに、世界を離れた。

読んでくださりありがとうございます。


この物語は、後悔を抱えた少年が「もう一度守りたい」と願う旅です。


彼が何を選び、どんな未来を掴もうとするのか――

続きもぜひ覗いてみてください。


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